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編集者の眼第31回

「ライオンがシマウマを食い殺すシーン」のニーズ

2011年08月05日 10時01分更新

文●中野克平/Web Professional編集部

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Lions and zebras By Stig Nygaard

 「アフリカのサバンナでライオンがシマウマを食い殺すシーン」のニーズなんてあるはずがない。日本人の日常生活には関係がないし、どんな状況でそんなシーンが見たいと思うのか想像も付かない。にもかかわらず、何かの楽しみを求めてテレビ番組を見始めた視聴者が思わず画面に釘付けにされてしまうのは、「ライオンがシマウマを食い殺すシーン」があまりに日常生活からかけ離れていて衝撃的だからだ。

 映画監督や作家はもちろん、イラストレーターや編集者など、創作物に関わることを仕事にしている人なら誰でも知っているのがコンテンツ自身の力だろう。「人々が知りたいと思うこと」という需要に対応してコンテンツを供給できるのはせいぜい実用情報くらいで、世の中の大半のコンテンツは、「感動を生むために作ったもの」を先に供給することで需要を生み出している

 Webマーケティングに死角があるとしたら、検索エンジンマーケティングのあまりの効力に、「ニーズ」や「ウォンツ」に振り回されていることではないだろうか。先日もあるSEMコンサルタントが「O社に在職中は、リスティング広告はブランディングにも効果があるといってしましたが、実際には効果がないわけではない程度」と本音を漏らしていた。リスティング広告はユーザーのニーズをお金に換えるのは得意でも、ニーズのないところからお金を生み出すのは苦手なのだ。

 だとすると、リスティング広告でばく大な利益を得ているグーグルの成長はどこかで止まる。検索エンジンが広く普及すればユーザー数は大きく増えなくなり、出稿が増えればキーワード広告を表示する領域が足りなくなって、取りこぼしが増えるか、あるいは価格が高止まりして売上げも増えなくなる。Webだから無限に成長できるわけではないのだ。

 グーグルがディスプレイ広告やGoogle+のようなソーシャルメディアに力を入れているのは、Webマーケティング業界が「ライオンがシマウマを食い殺すシーン」にも目を向けないと売上げが大きく増やせない段階に到達したからだ、というのが私の理解だ。普段から目にするブランドは、実際にニーズが生まれたときの有力な候補になるし、ソーシャルメディアで行動する実名ユーザーの関心がわかれば、さらに多くのデータがグーグルに集まり、広告の精度が高くなり、ターゲティングしやすくなる

 私自身は編集者なので「ニーズのない世界にようこそ」といいたくなるが、もちろんWebマーケティングはこれからもWebマーケティングであり続ける。コンテンツを作る側になるのではなく、ディスプレイ広告やソーシャルメディアの効果を測定し、「Facebookで初めてブランドに接したユーザーはGoogleで商品名を検索し、リスティング広告からAmazonで買い物をする確率が高い」といったように、ユーザーの購買行動をより長く、より深く観察し、最適な広告プランが何かを考え、もっとも効率的にニーズを生み出すのは何か模索していくだろう。

 こうしてWebマーケティングは、どうやって全体を管理するか、という問題に直面する。リスティング広告だけでも大量のキーワードに出稿し、それぞれのパフォーマンスを見ながら広告文の切り替えやランディングページの調整をしなくてはならないのに、ディスプレイ広告やソーシャルメディアとの関係まで俯瞰しながら、もっともゴールにつながる方法は何か考えるのがWebマーケティング担当者の仕事になる。専任担当者を何人も張り付けられる大企業ならまだしも、中小企業で運用できなければディスプレイ広告やソーシャルメディアで売上げをさらに増やしたいWebマーケティング業界の野望は実現しない

 世の中には頭がいい人がいるものだ。こういう未来を見据え、先回りして、APIによる自動化や、複数のAPIを組み合わせることで、どの規模の企業でもWebマーケティングの効率を高められるようにするツールが用意され始めている。たとえば、元グーグル、元オーバーチュアの社員が集まるアタラ合同会社は、さまざまな広告の貢献度をアトリビューションとして指標化し、全体を効率化するツールを自社で開発・提供している。さらに7月29日に配信されたリリースによれば、アメリカのキャンペーン統合管理プラットフォーム「エフィシェント・フロンティア」の日本語サイトの運営を始めたという。

 エフィシェント・フロンティアは、「リスティング広告、ディスプレイ広告、そしてフェイスブック広告といった主要なデジタル・マーケティング・チャネルを最適化する、世界初の統合パフォーマンス管理プラットフォーム」を提供しており、グーグルの上位レイヤーを狙っている、とも捉えられる。グーグルの真似をするのではなく、巨大だがひとつの広告配信プラットフォームとしてグーグルを位置付け、Webマーケティング業界全体のパイの拡大を図る。出版社のWeb系編集部にいる私がWebマーケティングの世界に関心を持ち続けているのは、こういうシマウマがライオンに飛びかかるシーンを目にしてしまうからだ。

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