四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第61回
CD時代から30年、音楽業界に何が起きたのか?
dip in the poolが語る“14年間の沈黙とインターネット”
2011年06月18日 12時00分更新
今だって音楽は趣味みたいなもの
―― じゃあ話を戻して、ネット時代に音楽をやっていくことについてどう思います?
木村 これから音楽を生業にしていくのは並大抵のことじゃないよね。趣味でやるならともかく。
甲田 今だって音楽は趣味みたいなものだもん。それで生活できてないって意味だけど……。
木村 くれぐれも「みたい」を省かないように! 関係各位に物議をかもしますので。
―― でも、それは今のネット系のミュージシャンと同じスタンスかもしれない。みんな趣味でやっているし、だからこそできるような音楽を投げているし、そうした音楽を支持しているリスナーもいる。
木村 もう国内に存在する音楽を、ひとつの土俵でくくるのは無理なんですよ。それは瓦解したわけです。土俵がいっぱいできているわけ。だから自分たちが収まるべき土俵を見定めて、そこで勝負する限りは大丈夫だと思う。
―― リスナーとのストレートな関係を作れるということですか?
木村 そうだね。ここ何年か音楽業界に関わる方々は「CDが売れない」「これから音楽業界はどうなっていくんでしょう」と、まあ、みんな暗い面持ちでいるんですけど。でも、僕は逆にワクワクしているんです。
甲田 そうなんだ。初めて聞いたけど。
―― ……木村さん、続けてください。
木村 テレビを中心とした大量宣伝で、買わなくてもいい音楽を、買わなくていい人たちに買わせていた時代はもう終わったわけですよ。ムダに買っていた人が買わなくなっただけで、純粋に音楽が好きな人たちの絶対数は変わっていないと思う。真面目にやっている音楽家にとっては、むしろ歓迎すべき状況じゃないかな。ムダなコストをコンパクトにできるし、動きやすいし、ダイレクトに結果が届くし、むしろ健康的なのではないかと思う次第です。
―― 最後に余談ですが。甲田さんはボーカリストとしてボーカロイドってどう思います?
甲田 私、結構ボーカロイドに近いタイプだと思うんだけど。“優秀じゃない初音ミク”みたいな感じなんだろうなって。前に誰かのアルバムで歌ったときに、あまり良くない出来かなと思ったの。でもディレクターが「こういうのを求めていたんですよ!」って。「普通の歌手だと“歌っちゃうから”」って。私は歌い手として行ったから、複雑な感じがするよね。楽器の一つという感じじゃない、dipの中でも。
木村 最近は違うじゃない。引き出し広がってるよ。それと、ミクはちっとも優秀じゃないところが重要なポイント。どうでもいいけど。
甲田 最近はそうだけど。でもそういう要素はあるかなって思いました。
―― たとえば「コーダロイド」みたいな物があれば僕も使えるし、甲田さんに万が一のことがあっても、木村さんは永遠にdip in the poolを続けられるわけですけど。
甲田 じゃ、いいよ、作っても。
木村 いや、それは違うよ先生!
―― はい、それでは、甲田さんとボーカロイドは、どんなふうに違いますか?
木村 基本的に僕は自宅で作業するときに仮歌を使わないんです。彼女の声はもう分かってるから。だから、自分のトラックに彼女の声が乗るのは、本番のレコーディングの時が初めてなんです。でもいまだに、それでゾクッとすることがあるんだよね。それは歌い手の表現だよね。それは彼女の声がリアルに合成されたとしても、成り立つものじゃない。
甲田 でも私、佐久間さんのルカ※を聴いて、なぜか懐かしい感じがして。アンドロイドの気持ちが分かるというか、ボーカロイドの声を聴いて切ない気分になって驚いた。
※ 佐久間正英さんが巡音ルカを使って制作した「DORMIR」のこと。佐久間さんのソロアルバム「Lisa」に収録されたインストバージョンに、木村さんが詞を付けて、dip in the poolでカバーしている。
―― あ、さすが甲田さん、分かってますね。しかし久しぶりに話して思ったんだけど、甲田さんはいろんな意味で相変わらずですね。
木村 社会人として僕よりずっと立派な方なんですけど。アーティストとしての内面というのは、ものすごいと思うよ。僕なんか普通の人ですよ。
甲田 そうかなあ。まあ、そんなところは自分で評価しようがないからいいけど。
佐久間正英さんライブに甲田益也子さん出演
作曲家・佐久間正英さんがTwitterのフォロワー向けに毎晩制作・公開してきたショートソング「おやすみ音楽」シリーズが、2011年7月4日に500回目を迎える。それを記念したソロライブ「Goodnight_to_followers / 五百夜 @masahidesakuma」に、甲田益也子さんのゲスト出演が決定。巡音ルカの声を聴いて甲田さんが「切ない気分になった」という「DORMIR」を歌う予定とのこと。乞うご期待!
場所:Last Waltz by shiosai, Shibuya(東京都渋谷区渋谷2-12-13八千代ビルB1F)
出演:佐久間正英 (piano / guitar / mac etc)、巡音ルカ(vocal)、他ゲスト予定。
日時:2011年7月6日 開場/開演 18:00/19:30
料金:前売/当日 3000円/3500円(税込み/ドリンク別)*予約特典あり
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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