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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第140回

ビル・ゲイツのねらう原子力のイノベーション

2011年05月19日 16時00分更新

文● 池田信夫/経済学者

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政治的に正しい技術から収益は生まれない

 ゲイツは「テラパワー」というベンチャー企業に投資している。これは進行波炉と呼ばれる新しいタイプの原子炉を開発するプロジェクトだ。進行波炉は、燃料に通常の原子炉(軽水炉)で使われる濃縮ウラン(ウラン235)ではなく、使用ずみ核燃料の99%を占める劣化ウラン(ウラン238)を使う。彼はプレゼンテーションでこう説明する。



99%を燃料として使用することで、コスト面で劇的な改善が得られます。燃やしているのは廃棄物であり、既存の原子炉でできるすべての残留廃棄物を燃料とすることができるのです。[これによって]アメリカに数百年間、エネルギーを供給できます。低価格の方法で海水を濾過するだけで、この惑星が未来永劫必要とする量の燃料を入手できるのです。


 これはまだ開発段階の技術であり、冷却材にナトリウムを使うなど、高速増殖炉に似た構造であるため、同じように行き詰まると予想する向きもある。原子炉は開発から実用化まで20年ぐらいかかるので、これが途上国の支援に役立つのかどうか疑問もある。しかし注目されるのは、ゲイツが「エコ」でもてはやされる太陽光や風力などの再生可能エネルギーではなく、あえて原発というイメージの悪いエネルギーに挑戦していることだ。

 再生可能エネルギーが環境にいい「政治的に正しい」技術であることは事実だが、正しい技術が収益を生むとは限らない。そのコストは化石燃料の10倍近く、不安定で供給量にも限界がある。電気代の3倍近い補助金がないと採算が合わない。もちろん今後イノベーションの余地はあるが、世界中の企業が競って参入している分野で収益を上げることは容易ではない。

 それに対してゲイツによれば、原子力は昔の通信産業のように古い企業に独占され、強い規制に守られてきたため、ほとんどイノベーションがなかった。収益は技術進歩によって生まれるのではなく、消費者の需要と市場で提供される技術のギャップから生まれる。原子力の需給ギャップは非常に大きく、収益機会が大きいという。

 イノベーションとは単に新しい技術を開発することではなく、それをビジネスとして実現し、収益を上げることだ。その観点からいえば、役所やマスコミのもてはやす政治的に正しい技術には、ビジネスとしての魅力はない。みんなと同じことをやっても、収益は上がらないのだ。世界最強のビジネスマンであるゲイツが常識を疑い、あえて原子力に投資する姿勢は、イノベーションとは何かについて重要な示唆を含んでいる。


筆者紹介──池田信夫


1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退社後、学術博士(慶應義塾大学)。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラブックス代表取締役、上武大学経営情報学部教授。著書に『使える経済書100冊』『希望を捨てる勇気』など。「池田信夫blog」のほか、言論サイト「アゴラ」を主宰。

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