電力に参入を狙う素材産業と外資
しかし今回の事故を受けて、大規模な自家発電設備を持つ素材メーカーがIPP事業に力を入れはじめている。新日本製鐵はもともとPPS(特定規模電気事業者)と呼ばれる発電業者で、高炉から発生するガスを熱源とする自家発電設備で作られた電力を、電力会社などに売っている。新日鉄の君津製鉄所だけで発電能力は100万kWと原発1基と同じだ。
東京ガスも80万kW級の発電所を4基もっており、東電向けの供給を増やしている。住友金属工業は鹿島製鉄所(茨城県鹿嶋市)敷地内にある石炭火力発電所を稼働して47.5万kWの電力をすべて東京電力に供給している。これによって茨城県内の全世帯の電力需要をまかなえるという。夏のピークに向けても、こうしたIPPやPPSの力を借りて電力を供給する計画が立てられている。
この他にも、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを送電網に組み込む試みが進められているが、こういうエネルギーは不安定で、普通の電力と混ぜると電圧や周波数が変動し、最悪の場合には停電が起こる。これを防ぐために送電網を通信網で制御しようというのがスマートグリッドである。これはアメリカではグーグルやIBMなどが提案しているが、日本の電力会社は「アメリカのボロボロの電力網と違って、日本の電力網は世界一スマートだ。通信で制御する必要はない」と冷ややかだった。
しかし今回の事故で、こうした多様なエネルギーを組み込んだ送電網をつくる必要が日本でも認識されはじめた。発送電の分離を見込んで外資系ファンドも投資機会をうかがっている。これに対して「現在の送電制御は発電所でやっているので、送電網を分離するとその制御に莫大なコストがかかる」とか「電力は通信とは違って『ベスト・エフォート』でやるわけにはいかない」などと批判する向きも多い。
しかし1980年代に通信を自由化したときも、NTTの通信網の分割には莫大なコストがかかった。インターネットが登場したときも「こんな無責任なネットワークは許せない」とNTTの技術者は抵抗した。しかし政府は新電電のような競争相手を作り出し、インターネットのときはソフトバンクが回線開放の壁を突破した。
だから問題は発送電の分離だけではなく、それによって競争を促進する政治の指導力と、ビジネスチャンスに参入する起業家だ。このためには国内だけではなく、外資が参入しやすい制度をつくる必要がある。しかし2008年にJ-POWERに英系ファンドが出資したとき、経産省は「安全保障」を理由にして拒否した。
このような不透明な規制をやめて競争を促進すれば、ブロードバンドのときのように日本は世界一のスマートグリッド先進国になるかもしれない。大震災でいいことはほとんどないが、これを教訓として日本に電力のイノベーションが生まれれば、災い転じて福となすことができよう。
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