無許諾配信はDVD販売を押し上げているのか?
―― その海外でのアニメ展開を考える際にも、ビジネスとして成立させる可能性を考えなくてはなりません。日本動画協会データベースWG座長の増田弘道氏の指摘では、無許諾配信の横行とビジネスモデルの機能不全が障害となっています。一方で、コンテンツ産業を研究している慶應義塾大学経済学部 田中辰雄准教授は、無許諾配信はむしろDVD販売にポジティブな影響を与えているという論文を発表し、話題になりました。
数土 「田中先生の話はいろいろと誤解されているところがあると思います。
まず国内のパッケージ販売と無許諾配信はほとんど相関性がないと考えています。一方、海外では深刻な打撃を与えていることは間違いありません。さらに言えば、これから公式にもインターネット配信が積極的に進んでいくはずですが、そうなったときに、無許諾配信は公式配信のビジネスを阻害することになります。
田中辰雄准教授の論文も、結論ではDRMをかけずに公式配信をすべきと結ばれています。この点はまったく同感です。ただ、ネットユーザー、特に無許諾で配信しているような人たちは『それ見たことか』と解釈を変えて無許諾配信を拡大するでしょう。そういう意味で不幸な論文かなと感じています」
コミュニケーションこそが価値であり商品である
―― 確かに、無許諾配信とDRMなしの公式配信は全然違う領域の話ですね。ユーザーだけでなく、実務家の間でも混同されて議論されている印象はあります。こういった問題はどのように解決していくべきだとお考えですか?
数土 「国内に関しては、パッケージビジネスはもう映像そのものだけを売っているわけではありません。特典が主な購買目的であったり……もっと言ってしまえば、やはり一種のイベントになっているんだと思います。
作品が生まれ、本放映され、盛り上がり、その最後にそういった一連のイベントの集大成としてパッケージがある。パッケージ購入はイベントへの参加料なんです」
―― 旅行のお土産みたいな位置付けかもしれませんね。確かに、アイドルのCDなどは同じ盤を特典目当てで何枚も買う例がありますし。
数土 「もうそれは純粋な映像商品ではないので、いくら映像だけが無許諾配信などでバラまかれたとしても、売上にはおそらくあまり影響しないでしょう」
―― 海外のパッケージ販売はいかがでしょうか?
数土 「本当に危機的な状況だと思います。
個々の企業、たとえば東映アニメーションなどは絶好調です。トムス・エンタテインメント、シンエイ動画などキャラクターライセンスでビジネス展開している企業も悪い状況ではない。
では、厳しいのはどこかと言えば、キャラクターでなく映像を主体としてビジネスをしていたプロダクションです。彼らに共通しているのは1~2クールの短期のアニメを制作・放送し、その後パッケージで回収するモデルが中心であることです。
先ほど申し上げたように、“映像”そのもので儲けようとするモデルが成立しなくなったなかで、映像のクオリティーだけを追及することは厳しい状況に置かれています。
では、近年注目を集めている京都アニメーションやシャフトなどはどうか? わたしは、彼らはまた別の意味で“映像を売っていない”と捉えています。京アニやシャフトが売っているのは“コミュニケーション”なんです」
―― コミュニケーションを売る?
数土 「もちろん、儲かっているのはパッケージが売れているからです。ヒットを出せるから発注が来る。しかし、ハルヒ、らき☆すた、化物語などを見てもわかるように、彼らが手がけるアニメは“ブームとして盛り上がり、それにファンとして参加し、その証として映像を買う”という道筋ができあがっています」
―― なるほど。コミュニケーションを生み出し、それを価値として提供している、というわけですね。ユーザー同士、あるいはユーザーと作り手が作品を通じて対話をすることで商品の価値が向上していくと。
数土 「一方で映像のクオリティーに注力すると、それは即、一話あたりの制作費の高騰を招きます。映像単体で商品価値を持ちにくくなったいま、その志向では、たとえグッズ販売を組み合わせたとしても厳しいでしょう」
■Amazon.co.jpで購入
■Amazon.co.jpで購入
半分以下の規模になった北米市場
―― しかし、コミュニケーションを提供するとなると、海外展開は一層難しくなったのでは? 文化の違いを越えて訴求した上で、ユーザーともコミュニケーションを取るというのは、かなりの力量・才能が問われる仕事だと思いますが。
数土 「海外、と言っても様々です。最近では、アジア圏ではかなり日本と同じ感覚でコミュニケーションが取れるようになっています。ヨーロッパも国ごとに少しずつ異なります。文化として受容は高いですが、ビジネスでは厳しい面もあります。さらに北米についてはマンガも含め、市場自体が相当落ち込んでいますので、ここをどうやって立て直すかが課題ですね。
2003年前後の北米には、日本アニメだけで当時の為替(1ドル120円計算)で500億円以上のパッケージ市場があったはずなんです。これは当時の日本国内に匹敵する位のマーケットです。
ところが、現在ではその統計そのものが出なくなってしまった。あまりにも市場が小さくなったこと、そして小売り大手のウォルマートが情報を出さないため――全体に占めるウォルマートの比率も上がっているはずなので――統計自体の信頼性が低くなってしまうというのがその理由とされています。
それでも強引に試算すると、現在の為替(1ドル85円計算)で120億から160億、多くても200億円はないと考えています」
―― 半分どころではない。
数土 「そしてその内訳も見る必要があります。売れているのは、ポケモン、爆丸 バトルブローラーズ、ドラゴンボールといった、いわゆる“大衆向け”ばかりです。市場規模の落ち込み以上にマニア向けの作品は存在感を薄くしている可能性があると考えています。もしかすると桁が1つ落ちているかもしれず、その桁ではもう一般的なパッケージビジネスになり得ない。
すでに米量販店大手のベストバイがそういったマニア向け商品の扱いを縮小したり、一部の販社がAmazon.comから商品を引き上げています。
何が起きているのかといえば、マニア向け作品は一般流通に乗せることができないほど市場が小さくなっているんです。大ヒットで1万本前後、2000本前後しか出ないことも多いとなると、それこそ全米に約2500店あるベストバイでどうやって流通させるのか、ということになってしまいますから。Amazon.comも手数料に見合わないのですね」
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