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古田雄介の“顔の見えるインターネット”第91回

「計画断水」知ってる? ネットで日本の昭和を振り返る

2011年04月13日 12時00分更新

文● 古田雄介(@yskfuruta

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大切なことを思い出すきっかけを作りたい

1950年代に生まれ、小学1年からの多感な時期を60年代に過ごした富沢瑞夫氏。1970年代には電子楽器を自作するなど、最先端技術を追ってきた

―― まずはサイトを始めたきっかけを教えてください。

富沢 1990年代後半から、1960年代を紹介するホームページを作りたいという気持ちはずっと持っていたんですよ。ただ、作る技術や気力がなかったのと、「60年代通信」と出会ったことで、2006年まで時間が空きました。

 60年代通信は本当に私が思っていることがことごとく形になっていて、60年代の懐かしい情報がすごくきれいにまとめられています。「似たようなものは自分でやる必要ないじゃないか」と。

 それでもずっと見ていると「足りないな」と思うところは必ずあるわけで、そういう部分を記事投稿の形で補っていたんです。管理人のSさんが多忙だったり体調が優れなかったりという時期があって、むしろ投稿するのが申し訳なく感じるようになってきたんですよ。

 なら自分でサイトを作るか、ということで、ようやく「60年代 懐かしの宝箱」をスタートさせるに至りました。

「60年代通信」。1996年5月に新潟県の同世代に向けた同人誌としてスタートし、ニュースレター形式を経由して、ホームページの体裁に移っていった。60年代の風俗や流行を当事者の視点でまとめた老舗の定番サイト

―― では、「60年代通信」を補完するようなイメージでサイト作りをしたわけですか。

富沢 頭の中に60年代の背景が頭に浮かび上がってくるものを掘り下げていこうと。思い出がないものを扱ってもごく当たり前の内容になるし、「自分だから書ける60年代」目線で作れば、掘り下げられる内容になると思ったんですよ。

 たとえば「みんなのうた」。あの番組は2ヵ月に1回新曲をリリースしていて、当時は「今月」「翌月」「曜日ごと」という3つの構成で曲を流していました。なので、サイトでも「4月に流れた曲は、4月に掲載する」ことにしてます。


―― ユーザー視点、視聴者視点で語れるものに絞るコンセプトですね。

富沢 根本にあるのは、「思い出への入り口を作りたい」というところです。たとえば、いま「輪番停電」が実施されていますが、東京オリンピックが開かれた1964年に、「計画断水」(節水のために水圧を下げる給水制限)というのをやっていたんですよ。

 すごい水不足の年で、1日の半分くらいの時間しか出なかった。もちろん当時は大変でしたが、おそらく今回の停電がなかったら、経験した多くの人がたぶん忘れていたと思います。つまり停電と断水のつながりが、記憶の「入り口」になったわけです。

 経験したのに忘れてしまった大切な記憶が皆たくさんある。ひとつひとつのアイテムを見ると「マニアの収集物だね」で終わりかもしれないですけど、人によっては懐かしいだけじゃ終わらない。自分の原点を思い出す存在だったりする。「そういえばこんなこともあったね」と、私が忘れていたことを教えてくれる人も出てくるかもしれないなと。


―― なるほど。客観的な資料性よりも、記憶を呼び覚ます能力に特化させる感じでしょうか。

富沢 そうなんです。X軸とY軸を均等にした平面ではなくて、縦のZ軸や誰か一人にしか分からない斜め軸があったり、インターネットから飛び出すリアルな絵だったりするような、そんなサイトがやりたくて試行錯誤しながら続けてます。そうやって情報を集めたり、誰かに情報をもらったりするのにインターネットは最適なんですよ。

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