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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第21回

アニメのビジネスモデルは「機能していない」

元マッドハウス増田氏が指摘、アニメ海外進出を阻む2つの危機

2011年03月22日 09時00分更新

文● まつもとあつし

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世界展開に最適なのはネットじゃない。テレビだ

―― 最近では海外のディストリビューターでさえ取り締まりを十分に行なうことは難しいことを改めて認識させられる事例がありました(「フラクタル」の海外配信の許諾取り消し通告:アニメ!アニメ!など)。業界全体で取り組むべきでは?

増田 業界全体が取り組んだとしても、経済規模的にやはり十分な効力が及ぶような動きにはならないですね。海賊版への対抗策というと、ネット配信をイメージしがちですが、たとえばディズニーでもインタラクティブ部門(配信などのネット関連部門)の売上は全体の2%程度です。

 ディズニーなどハリウッドメジャーの海外事業の中心はテレビ事業なんです。映画の配給網はもちろんですが、世界100ヵ国以上に放送チェーンを持っていることが強みになっています。

 まつもとさんの著書の中で、ニコニコ動画の番組制作について夏野剛さんにインタビューしていましたよね(関連記事)。プレミアム会員からもたらされる利益の範囲内で制作や作品調達を行なって番組枠を維持するネットサービスと比べると、やはりテレビの制作力の強さを改めて感じます。リーチの広さが巨額の広告費を集めることができる。

ハリウッドと聞いて我々が連想するのは映画だが、増田氏によれば、ハリウッドメジャーの海外事業の中心はテレビだという。各国のファーストウィンドウを握っていることが強みになるのだ

増田 ネット配信の事業者がテレビの制作力を越えられるのかどうか、ですね。現状では相当難しいものがあります。

 資金面から見れば、実質的に日本の映像コンテンツのほとんどはテレビ局が作ってきたといっても過言ではありません。本当はそのテレビ局がアニメの海外展開に積極的であればまた状況が変わっていた可能性はあるのですが……。

 それはさておき、海外でもやはりテレビ放送は強い。特に新興国に対する影響力は大きいのです。日本でこういった仕組みを持っているのは唯一アニマックスだけです(世界64ヵ国)。

 そのアニマックスにしてもソニーピクチャーズ系列ですので、純粋に日本企業の展開とは呼べません。ソニーもコロンビアを買収後、映画の興行収入では善戦していますが、アメリカにおいて地上波ネットワークテレビの放送チェーンは持っておらず、そこが弱みになっています。

 やはり、最もマネタイズできる部分、つまりアニメにとってのファーストウィンドウを押さえていないと、海外事業はおぼつきません。ハリウッドメジャーはこの点をよく理解していると思います。

1990~2000年 BOX OFFICEベスト10入りアニメーション
年度 順位 タイトル 制作/配給
1990年 ―― ―― ――
1991年 3位 美女と野獣 Disney
1992年 1位 アラジン Disney
1993年 ―― ―― ――
1994年 2位 ライオンキング Disney
1995年 1位 トイ・ストーリー Pixar/Disney
―― 4位 ポカホンタス Disney
1996年 ―― ―― ――
1997年 ―― ―― ――
1998年 3位 バグス・ライフ Pixar/Disney
1999年 3位 トイ・ストーリー2 Pixar/Disney
―― 6位 ターザン Disney
2000年 ―― ―― ――
出典:BOX OFFICE MOJO/アニメ産業レポート2010

物販での回収は想像以上に難しい

―― ビデオグラムでの回収を考えると、無許諾配信はけしからん、ということになりますが、グッズなどの物販での回収であれば、コストゼロで作品の認知度を上げるファンサブをむしろ味方に付けるべきだ、という意見に対してはどうでしょう?

増田 物販の展開は簡単ではありません。映像以上に海外のディストリビューターとのライセンス契約や物流の問題を解決しなければならず、その間に映像だけでなく物販商品の海賊版も出回ってしまうというのは先ほどお話しした通りですね。

 国や政府、たとえばJETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)などももちろん海賊版への対抗策は行なっていますが、規模とスピードでやはり追いついていません。

 また、日本で深夜帯に放送されるアニメ作品の場合は、そもそもグッズ展開の余地もキッズ向けのそれに対して小さくなります。本来ビデオグラムでの回収しか手がないところに、無許諾配信が存在しているというのはやはりどうにも痛手ですね。これはYouTubeを使って世界同時配信などを行なっても同じ話です。

2D(セル)アニメから3D(CG)アニメへのシフトが止まらない

―― 増田さんも2007年の著書『アニメビジネスがわかる』(NTT出版)で記されていますが、日本のお家芸ともいえる2Dのアニメーションも海外での需要が伸び悩んでいるように感じられます。特に北米では制作・消費とも3Dアニメーションへの移行が急速に進んでいます。

増田 これから2Dのアニメが伸びることはもうないでしょう。ハリウッドから生まれるアニメが3Dになったということは、世界的なトレンドがそうなったと捉えるのが現実的です。国内はどうなるかはまだ不確定ですが、増えることはないとは思います。

 アメリカのこれらの作品は、劇場をファーストウィンドウとして展開し、人気作はテレビシリーズやコミックになるのが基本です(「スティッチ」など)。対して日本ではマンガを原作にテレビ、劇場への展開するのが通例です。

 そして昨年のアメリカのBOX OFFICE(興行成績)ベスト10のうち、4作品が(3D)アニメーションでした(下記の表参照)。日本のアニメーションが元気だった2006年前後を考えても、国内で興行ランキングの半分をアニメが占めることはなかったわけです。

2001~2010年 BOX OFFICEベスト10入りアニメーション
年度 順位 タイトル 制作/配給
2001年 2位 シュレック Dreamworks
―― 3位 モンスターズ・インク Pixar/Disney
2002年 9位 アイスエイジ Fox
2003年 2位 ファインディング・ニモ Pixar/Disney
2004年 1位 シュレック2 Dreamworks
―― 5位 ミスター・インクレディブル Pixar/Disney
―― 10位 ポーラ・エキスプレス Warner
2005年 9位 マダガスカル Dreamworks
2006年 3位 カーズ Pixar/Disney
―― 7位 ハッピーフィート Warner
2007年 2位 シュレック3 Dreamworks
2008年 5位 ウォーリー Pixar/Disney
―― 6位 カンフーパンダ Dreamworks
―― 8位 マダガスカル2 Dreamworks
―― 10位 ホートン不思議な世界のダレダーレ Fox
2009年 5位 カールじいさんの空飛ぶ家 Pixar/Disney
2010年 1位 トイ・ストーリー3 Pixar/Disney
―― 7位 怪盗グルーの月泥棒 Universal
―― 8位 シュレック・フォーエバー Dreamworks
―― 9位 ヒックとドラゴン Dreamworks
出典:BOX OFFICE MOJO/アニメ産業レポート2010(一部、編集部調べ)

増田 セルアニメでの制作が中心だった頃は、北米でもこんなことはありませんでした。そもそもセルは生産性が低いので大量の劇場作品を作ることはできません。デジタルになって生産性が上がった結果、急激に興行成績上位を占めるようになりました。

 これを一種の3Dアニメバブルと見るべきかどうかは意見が分かれるところなのですが、このトレンドに学ぶべき点は多いのではないでしょうか。

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