富野監督、宇宙エレベーター学会に登壇
2010年12月11日と12日の2日間、東京・水道橋の日本大学法学部ホールにて、「第三回 宇宙エレベーター学会 JpSEC 2010」が開催された。
これは国内の宇宙エレベーター研究者らが集い、最新状況や宇宙進出後の有人活動に関する研究発表、そして宇宙エレベーター協会(JSEA)の活動報告などを行なうもの。
初日の最終プログラムとして行なわれたパネルディスカッション「宇宙エレベーターが切り開く未来」には、『機動戦士ガンダム』でおなじみの富野由悠季監督が登場。手描きのイメージイラストを持参しての参加で会場を沸かせた。
自筆の宇宙エレベーター図が登場
パネルディスカッションには富野監督のほか、朝日新聞社科学医療グループ次長/DO科学編集長の久保田裕氏、『宇宙エレベーター 宇宙旅行を可能にする新技術』を執筆した作家の石川憲二氏。
そして日本大学理工学部教授/JSEA副会長の青木義男教授、同じく日本大学法学部の甲斐素直教授、そしてJSEA会長の大野修一氏が登壇し、宇宙エレベーターと社会の変革について意見を交わした。
ディスカッションはまず、富野監督が描いた宇宙エレベーター(記事冒頭のイラスト)の解説からスタート。
これは「ガンダムエース」100号に向けて描き下ろしたイメージ図で、複数のケーブルが交差しながら中継点を通っていくもの。各中継点間は500~1000kmもある巨大なスケールで、肉眼ではケーブルのうねりなど確認できないであろうとのことだ。
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富野監督は「(他のフィクションでは)きわめて立派にまっすぐ立っているが、外力のかかっているものが一直線に保てるわけない。自然界に直線はない。ケーブルの長さがあれだけあって、いろんな因子が関わったとき、ケーブルは柔軟に対応しなくてはならないと考えると、直線は採用できない」と、全長10万kmに及ぶ巨大構造物に対する独自の視点を覗かせた。
そもそも監督はロケット世代の一人として、「地球の表面とつながっているようなもので引力圏を脱出するのは、概念的に飲み込めない。ずっと軌道エレベーターに反感を持っていた」という。
ところが宇宙エレベーター協会副会長の青木義男教授との対談以降、「宗旨替えはあり得るぞ、と思うところまで来た」のだそう。
実際、2010年夏に行なわれた宇宙エレベーター技術競技会も見学し、宇宙エレベーターへの理解を深めたという。
監督が描いたイメージ図に対して専門家からは、「感覚ってとても大事。この図は安全な感じで、これだったら乗ってもいいかな」(石川氏)、「宇宙エレベーターはダイナミックなシステムで、静的な塔ではあり得ない」(甲斐教授)、「生物から学んでいくことは大事」(青木教授)と賛同が相次いだ。
しかし当の富野監督は、「ケーブルをどうやって保持するかと考えると、技術的にはまだ無理だと思う。10~20mの縄でも振動を殺すことは絶望的。一本の紐を恒久的にホールドするのはそれくらい難しい。12本を二重らせんにホールドするための技術的解決はまだ存在しない」とした。
さらに、「ガンダムを作ったとき、ミノフスキー粒子という『嘘八百』を作ったように、図の中継点もミノフスキー粒子的な嘘かもしれない。ただ、カーボンナノチューブは通電できるので、磁場を使ってなんとかする……たとえば絶えずケーブルが反発するような構造を内包させられるのでは、とも思う。そこまでの技術を手に入れないと、このレベルの構造体は実現できないのでは」と実現性へのこだわりを見せた。
これら技術的面の課題に対して、宇宙エレベーターを題材とした幾多のSF小説にヒントを与えた理論家のジェローム・ピアソンとも面識があり、技術面にも見識の深い日本大学法学部の甲斐素直教授は、「人類の歴史を調べると、技術の進化は常に予想より早まっていることが顕著であり、ピアソンが最初に計画したときも、今の時点でここまで来ていることは予測してなかった」とした。
そして、「世界中の学者がカーボンナノチューブの長繊維化に挑んでいる状況でブレイクスルーが起きないほうが不自然。いきなりバッと飛躍するかもしれない」との希望を述べた。
富野監督「愛とロマンのシンボルタワーになれるかも」
その後、話題は“建造への意欲を次の世代にどうつなげるか”という点へ移った。石川氏は、もし無重力で素材が作れるとしたら、素材屋さんは全員手を挙げるだろうと述べた。そして画期的な新素材を作れるのであれば企業も投資を惜しまないだろうから、そうなれば案外早く実現するかもしれないとして、宇宙に工業プラントを建設するためのインフラとみなすことを提案した。
一方、久保田氏は、「人類の新しい精神史を作る機関になるかもしれない。スカイツリーだって、600mでも何か人の心を惹きつける。人類史は重力との戦いで、コンビニの前に座りこむ若者のように、負けは常に地べたへ向かう。挑戦は天へと向かうもの」と会場の若手を挑発してみせた。
富野監督は運用面に言及し、インフラとしての宇宙エレベーターが機能するためには、「ケーブルの保全・メンテナンス、デブリや隕石問題、定期的な運行を考えたとき、世界中の航空会社と鉄道会社を統合するくらいのシステムがないと運行できないのでは」と疑問を投げた。
その上で、「交通機関なわけだから、組織論まで想像すると、宇宙エレベーターの管理会社はアニメの題材になるような規模になると思う。保全のためにはモビルスーツが必要かもね」とファンサービス(?)的な発言で、会場のガンダムファンを盛り上げた。
JSEAの大野会長は、「宇宙にただ行くことがJSEAの目標じゃない。みんなが太陽系に進出したら、何が起きるか考えるのがJSEAの目的ですから」とJSEA活動方針が未来へつながっていることを強調。富野監督からは、「(宇宙エレベーターは)愛とロマンのシンボルタワーになれるかも」との激励を受けて、シンポジウムは終了した。
