音楽が会話の代わりだった――ボカロP「ハチ」19歳の心

文●広田稔

2011年02月18日 12時00分

動画「マトリョシカ」より。再生数は300万回超

2月13日深夜、ニコニコ動画の生放送サービス・ニコニコ生放送で、DTMライター(ボカロP)として有名な「ハチ」さんをテーマにした番組が配信された(有料会員なら現在もタイムシフトで視聴可能)。

これは3月6日に開かれるフェス「INTERNET INDEPENDENT MUSIC LIVE FES」のスタジオリハーサルを放送したもの。ハチさんに加え、ルシュカさん、キャプテンミライさん、イガラシさん、acne madderさん、ゆーまおさんが参加。ゲストには、古川本舗さんにとくPさん、wowakaさんと、ニコ動で知られた一同が集まり、約3時間半に渡るリハを中継した。

リハーサルは都内のスタジオで行なわれた

彼は音楽だけではなく、イラストや動画も手がけるマルチタイプのクリエイター。「結ンデ開イテ羅刹ト骸」で人気に火がつき、4ヵ月ほどで再生数は100万回を突破した。「clock lock works」や「マトリョシカ」など、いずれもダーク&ハイテンションな世界観に熱狂的なファンが付き、チャート上位を確実に占めるようになった。


だが、彼がどんな人物なのかには謎が多い。そこで生放送にかこつけて取材してみたところ、19歳とは思えない冷静な視線に驚かされてしまった(もの作りに年齢って本当に関係ないですね)。それでは創作の秘密について迫っていこう。

生放送の様子。左がハチさん、右が筆者(なぜか顔出しだ)。日曜の深夜にも関わらず、視聴者数は累計で12万8042人、コメントは20万358回とかなり盛況だった


音楽のきっかけはFlashアニメだった

── 最初に音楽に触れたのは?

ハチ 小学校5年生のとき、パソコンが家にやってきたんです。そのときにネットで流行っていたBUMP OF CHICKENのFlashアニメを見たのが最初でしたね。今、ニコ動に投稿されている自主制作アニメと似たような感じの。

── いきなり最初からネット! CDなどには全然触れてなかったんですか?

ハチ 初めて買ったCDは、小学生のときの「だんご3兄弟」でしたけど。

有名人にも関わらずあまりインタビューなどに出てこなかったハチさん。理由は「あまり好きじゃないし、しゃべるのが得意じゃない」から


── だんご! 今の作風と全然違いますね。

ハチ 小学生の頃なので音楽とは意識せず、流行に乗って聴いてたんです。


── 子供の頃から楽器は習ってましたか?

ハチ いや、姉がピアノを習っていたのを聴いていたぐらいで、自分ではやっていません。中学2年生の終わりぐらいに、「バンドやろうぜ」みたいな感じでギターを始めたのが最初です。


── 作曲に興味を持ったのは?

ハチ やっぱり中学生のときです。作曲がやりたくてギターを持ったって感じで。


── 「中2」で曲を作りたい衝動が高まった理由は何だったんですか? 「モテたい!」みたいな。

ハチ それも……少なからずあるかもしれません。まだ音楽理論も全然分かってなくて、ギター1本だけで弾き語りみたいに作曲してました。


── 当時、パソコンはあったけどDTM(デスクトップミュージック)じゃなかったんですね。

ハチ 中学生のバンドで、みんなでお金を出し合ってMTR(マルチトラックレコーダー)を買ったんですよ。そのMTRをパソコンにつないで取り込んだのが(DTMの)最初です。


── 昔の作風も今と同じ感じなんですか?

ハチ いや、昔はすごく単純で直情的な曲を作っていました。もう、そういった曲は作れないですね。今はイマジネーティブというか、深いところに潜っていく感じです。


── 音楽以外の趣味って何だったんですか?

ハチ 絵を描くのは好きでした。音楽をやる前は漫画家を目指していたんですが、優先順位が変わった感じです。


── その絵が動画に生きているわけですね。順位が変わった理由は?

ハチ とにかくFlashアニメの体験が強烈だったんです。


── では今も当時の気持ちのままってことですね。

ハチ そうですね。

リハーサルとインタビューは深夜まで続けられた



(次ページに続く)



「ジオラマを作っている感覚」

── そもそもニコ動に投稿しようと思ったきっかけは?

ハチ ハードシーケンサーを使って、ドラムやベースを打ち込んでみたんです。それで作ってみたからには誰かに見せたい。そこにニコ動っていうツールが手近にあったので、投稿してみたって感じです。


── 最初にニコ動へ投稿した時はどうでした?

ハチ めちゃくちゃヘタだったので、あんまり好意的なコメントはなかったです……音質も悪かったし。結構辛辣なコメントをいただいていたんですが、それでも嬉しかった。


── 気持ちはヘコまなかったんですか?

ハチ もちろんヘコみましたが、反応が何もないよりはマシです。

「ヘコみましたが、何もないよりはマシです」(ハチさん)


── 厳しいコメントを受けてから曲の作り方は変わりました?

ハチ そんなに気にしてないですね。基本、作りたいものを作っているので。


── ハチさんの場合、ニコ動でコラボ相手を見つけて組むような作り方はあまりないですよね。

ハチ 動画はある程度ですが、一人でもできてしまうので、コラボすることはあまりありません。他の人とものを作ると、意思疎通が必要になる。それが下手だという自覚があるので。


── 曲作りの手順は?

ハチ あまり流れとかを決めたりしないで、ふわっと作ってます。


── メロディー先行で、後でPVを作る?

ハチ 曲によるんですけど、「THE WORLD END UMBRELLA」は、ここにはこういう人がいて……といった土台を作って、音楽を当てはめていった。他は曲からふわっと作る感じです。

【ニコニコ動画】【オリジナル曲PV】THE WORLD END UMBRELLA【初音ミク】

── 作ってて楽しいですよね?

ハチ 楽しいです。


── でも、ニコ動に投稿するだけでは、生活資金はできない。

ハチ 逆に言えば、楽しんでいるだけです。自分としてはあまり音楽を作っているという感覚ではなくて、場所……ジオラマが作りたいんですよ。ここにこういう人がいて、こういう生活をしてて、こっちでは違う生活があって。そういう世界を作りたい。


── 「シムシティ」(ゲーム)で街を作っていくような感覚に近い?

ハチ そうです、そんな感じです。


── 1日の中で音楽に割いている時間ってどれくらいですか?

ハチ まちまちですね。作る日は20時間曲を作って、20時間寝る。作らない日はとことん何もしなくて、本を読んだり、ネットを見てぼーっとしたり。


── 20時間! それはすごい。



(次ページに続く)




会話の代わりに音楽があった

── 創作活動以外に趣味はありますか? スポーツとか。

ハチ いや、あまり好きじゃないですね。


── 創作の刺激になっているのは?

ハチ 本はちょこちょこ読みます。小説も漫画も。漫画は、浅野いにおとか、松本大洋とかが好きです。


── ハチさんの絵柄は独特ですが、それにも影響している?

ハチ うーん……。


── 音楽だと?

ハチ 本当にいろいろ聞いています。最近は「OK Go」とか好きですね。


── OK GoといえばYouTubeの公式PVが話題になりましたよね。興味の持ち方がFlashアニメに通じているような。

ハチ 最初に入ったのが映像付きだったので、そういうのに親しみを感じるのはあります。


OK Go - Here It Goes Again




── そう考えると、ネットが新しい世代の作品に影響を与えているのかなと。

ハチ そうですね……。でも今思うと、なくてもいいかなとも思います。インターネットは、何て言えばいいのか、「考えなくてもいい」というか。回答がぽんぽんと羅列されていて、なぜこれがこうなったのかという理由を考える余地がない。それはそれで面白いんですが。


── それは深い考えですね。と、ここまでいろいろ質問させていただきましたが、まだハチさんの原点というのが見えてこない……。ハチさんのユニークな作品を生み出す原動力は何なんでしょう。

ハチ 自分でもよく分からないですけど……。


── お姉さんの影響が大きいとか?

ハチ いや、そうではないです。


── 親が音楽が好きで、うちでよくCDが流れていたとか。

ハチ 違いますね。


── でも中学生からバンドを始めて、数年間やってきただけでこんなに魅力ある曲が作れる。不思議ですよ。

ハチ 音楽ばっかりやってきたからかもしれません。全然会話しないんです、今でも。高校3年間の会話の量をぎゅっと絞ると、4ヵ月くらいに減ると思うんです(笑)。冗談抜きで。


── ああ、なるほど。会話じゃないところに気持ちを込めた。

ハチ すごく偏ってたんで……会話の方に行かなかった栄養が、こっちに来てるのだと思いますね。



といったところで、ネットクリエイターの申し子・ハチさんの姿勢が伝わっただろうか? そんな彼が率いるバンドも出演する「INTERNET INDEPENDENT MUSIC LIVE FES」が、3月6日に東京・品川にあるステラホールにて開催される。

ライブは「両手で数えるほどしかやってない。段階を2、3個吹っ飛ばしてるから実感が……」と語るハチさんだが、「楽しもうと思っています」と意気込みも語ってくれた。ネットからリアルに踏み出す記念すべき日を、ハチさんとともに楽しもう!


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