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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第13回

存在しない「欧米市場」は狙わない

「鋼の錬金術師」プロデューサー、次の狙いは?【後編】

2011年02月12日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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編集者を「クリエイター」にしない

―― ヒットする作品作りのために、社内ではどのように人を育てていますか。

田口 僕が出版事業部に来てしばらくは、代表的なヒットメーカーは2名でした。「東京アンダーグラウンド」と「鋼の錬金術師」を当て、「とある魔術の禁書目録」のコミック版をやっている編集者。もうひとりは、「スパイラル~推理の絆~」「ソウルイーター」を当てて、今は次の作品をやっている編集者。

 最初は、ヒットを出す編集者がこの2名に集中していたので、もしかしたら当たるのは個人のセンスによるもので、育成方法はないのかなと思ったりもしたんですけど、その後、おかげさまで各ジャンルの編集者が育ってくれました。

 「黒執事」をやっている編集者が「デュラララ!!」もやっている。乙女系が大好きなんだけど、男性なんですよ。それから「荒川アンダー ザ ブリッジ」と「はなまる幼稚園」をやっている編集者も同一人物だったりします。

―― ヒットを作る力というのは、持って生まれたセンスだけではなく、あとから習得できるものなんですか?

田口 そうだと思います。みんな自分のカラーがある、好きなジャンルがあるんですよ。ちゃんと分析して「当てるポイント」をつかめば、当てられるものを作れるはずだと思っていて。「好きな」というか、「得意な」ジャンルを手がければ。

―― 確かに、好きと得意は少し違うような気がしますよね。「好き」だけで物を作ると、マニアックでお客さんに届かないものになってしまうという話を聞いたことがあります。

田口 でも僕は、「好き」と「得意」はイコールにして仕事をしても良いと思うんです。ただし条件付きで。編集者は、「クリエイター」ではないんですよ。部下の編集者には、「君たちはクリエイターじゃないからね」というふうに、あえてハッパをかけています。

 クリエイターは作家さんですよね。編集者というのは、作家さんの「作品」を、お客さんに向けた「商品」にする役割の人間でしょう。もちろんクリエイティブな面がないわけではないんだけれども、作品とお客さんのブリッジになるべき人が、100%クリエイティブに転んでしまったら、それは自己満足なもので終わっちゃいます。

―― 「自分の好きな作品を作りたい」ではないんですね。

田口 うん。「好き」は、自分が一番面白いと思っているものに特化できる、あるジャンルのお客さんの好きなツボがわかるという自分の持ち味。それが得意分野になる。でもお客さんに届ける力はまた別なんですよね。「プロデュース力」って僕は呼んでいるけれども。

 ジブリの鈴木(敏夫)さんと宮崎(駿)さんの関係が象徴的ですよね。宮崎さんが自分の夢を載せた作品を作りこみ、鈴木さんがいかに大勢のお客さんに向けていくかを考えるという。作家とプロデューサーのひとつの理想型ですよね。

―― プロデュース力を身につけるには、どのような方法があるのでしょうか。

田口 考えるしかないと思うんです。自分も、自分のところの会社も、まだできているとは思ってないので。

―― えっ、そうなんですか。

田口 だから考えるしかないと思うんです。一朝一夕ではできるものではないので。お客さんの分析、自分の感覚の分析、媒体への仕掛け方……人間はひとりひとり違うから、答えもそれぞれ。自分で探していくしかないと思いますね。



 アニメ、コミック、ゲーム――日本の“オタク産業”は海外からも注目を集め、「ジャパン・クール」ともてはやされる一方で、市場としては少々行き詰まりも感じられる。

 ユーザーの好みの細分化や、同じパイの食い合いという言葉は口にしがちだが、その中で「まだ掘り起こされていない層がある」「ユーザーの気質を細かく見ていくことが大事」と語る田口氏の発言が強く印象に残る。

 まだ開拓できていない部分にこそ、勝機は眠っている。海外も含め、コンテンツ市場の最前線で戦う氏の言葉からは、日本のエンターテインメント産業の可能性と底力を感じさせられた。



■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)

 1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。

コミック&DVD発売情報

 「鋼の錬金術師」原作コミックは全27巻。井上真氏によるノベライズも7巻まで発売中だ。DVD&Blu-rayはともに全16巻。今年7月には劇場版最新作「鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星」も公開予定。5月22日には先行して、オフィシャルイベント「鋼の錬金術師FESTIVAL」も開催される。いずれも詳しくは公式サイトから!


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