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氷川竜介の「ファンなら目を鍛えて楽しめ! アニメ高画質時代」 第2回

大人なんだから、そろそろまじめにアニメを見なさい

今どきのオススメ高画質アニメを挙げるとすれば? (2/2)

2011年02月22日 12時00分更新

文● 氷川竜介(アニメ評論家)

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画質へのコダワリは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』が別格

── 最近の作品から画質が優れたものを挙げるとすれば?

氷川 まず『化物語』でしょうか。緻密な色彩という意味では真逆とも言える作品ですが、人工的な配色といいますか、グラフィカルな処理が優れています。パキッとした画面づくりに加え、闇の中に炎があるというデリケートな映像もあります。また、テクスチャ表現や写真取りこみもあるので、全方位的ですね。

 そして、少しマニアックかもしれませんが『魍魎の匣』(もうりょうのはこ)。撮影のフィルター処理が凝っていて、温度や湿度を感じさせる空気感や、歪んだ情念をレンズの収差で表現するなどのデリケートさがすばらしいです。一方で万華鏡的なフルスペクトルの色味が一気に弾ける画面もあって、この落差がいいです。

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化物語 第一巻 / ひたぎクラブ【完全生産限定版】 [Blu-ray]

── どちらもデジタルならではの部分がありますね。

氷川 そして画質的に今一番完成度の高い作品と言えば、やはり『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でしょうね。僕が推薦するとわざとらしい部分がありますが、この作品と『サマーウォーズ』は2010年の二大ヒット作でクオリティーも申し分ないと思います。

 編註:氷川氏はブルーレイ『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』に付属する解説書の構成・執筆、そして『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 全記録全集』ではインタビュアーを担当。

 特に『破』は、アスカの鮮烈なレッドなどアニメの華やかな配色から暗部ギリギリまで落としたところまでの攻め具合が絶妙です。色・音どちらも凝っていて、アニメを楽しむ必要な要素が全部入っているといっていいと思います。

 監督の庵野秀明さんは色にこだわっていて、色味から撮影まで全カットをチェックして細部に指示を出しています。色については、ほとんど1コマ単位で計算されていると言っていいほどです。

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アニメの画質を知りたければ「輪郭」を見るべし

── アニメの画質を評価・調整する上でのポイントとは?

氷川 まずは色の再現度、階調、残像感。それから輪郭部分にノイズがあるかどうかでしょうか。特にアニメには必ず輪郭線がありますから目立ちやすく、それがジリジリとノイジーだと「ああ、つくりものだ」と、冷めてしまうのですね。

 また、最近のアニメでは撮影段階でディフュージョンフィルターをかけてフォギーな(霧がかった)感じを与えたり、フレア(拡散光)を入れて光源を明示するなど、効果をかけています。実写でも昔から「紗をかける」という撮影効果がありましたが、そのアニメ版ですね。

 画面が平板にならないようにして、自然に見せるためのものですから、こうしたグラデーションのある撮影効果がベタっとしたり、階調割れした感じにならないことは重要です。デジタル制作以後は演出効果として多用されていますから、この見え方で作品の印象もだいぶ変わると思います。

── グレインといいますか、フィルムならではの粒状感みたいなところはどうでしょう。

氷川 これはメーカーごとに考え方に差があるようですね。「フィルムに記録されているものはすべて残そう」という考え方が主流で、例えば『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』では、フィルムの粒状感を「味」ととらえて加工せず、正確に残しています。

 ただ、これを製造ミスだと思うユーザーもいるので、デジタル処理で消してしまって、デジタルアニメみたいにツルツルに変えるメーカーもあって、悩ましいところです。

『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』 販売元:バンダイビジュアル 2011年4月22日発売

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アニメの色には必ず「正解」がある

氷川 そういえば、最近見たブルーレイソフトの中では『BLACK LAGOON』が最高に良かったですね。基本ハリウッドのアクション映画的な映像表現を狙っているんですが、マズルフラッシュのオレンジ色と、舞台になっている南国の海特有の薄緑と水色の中間みたいな、エメラルドグリーン系がメチャメチャ良くて、臨場感が増しました。もともと好きな作品ですが、もっと好きになったんです。

 それで思ったんですが、“ブルーレイ”“ハイビジョン”と言うとき、ほとんどの人は「解像度が細かい」ということだけを気にするんですね。でも、自分としては「色が驚くほどいい」ということが嬉しいんです。TV放送やDVDと比較すると、色のダイナミックレンジが広くて、再現性がとてもいいと思ったんですよ。

 「制作者が表現したいのは、こういう色なんだ」と改めて思いました。今までの再生環境は近似値でしたが、オリジナルが素通しで出ている感じを初めて受けたんですよ。もっと言えば、「この色に決めた感覚」みたいな「意図」がダイレクトに響いてきたんです。

『BLACK LAGOON』 販売元:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパン

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 アニメは限られた色の中で塗り分けるものです。それゆえ、「なんとなく決めた色」はあり得ません。試行錯誤を積んだうえで最後の色は必ず誰かが責任を持って「この色に決めたい」「よしそれで行こう」というやり取りが、現場では繰り返されているはずなんです。

 であれば、観客としても「近い色」ではなく、「この色」が再現されないといけない。この「この色に決めた感覚」は、どんなアニメにも宿っているものですが、ブルーレイだとそれがとても明確になる。それが重要だと思うんです。

 アニメの場合、話の筋を追うだけでは足りないと思います。それで充分なものなら漫画や小説で出版したほうがコストもかからず良いわけですから。

 大勢が団結してひとつのものを時間とコストをかけて作りこんでいる集団作業だからこその「良さ」が、アニメには必ずあります。であれば再生時にも、誰かの意図や思いが反映された結果や、作品が生まれた現場感を実感できたほうがいいわけです。

 色指定の人はこういう風に考えて、色設計したという感じ。緑は緑、ピンクはピンク、紫は紫に決めたという感覚。「だいたいの紫色で」じゃなくて、「この紫なんだ!」と決めこんでいる感じがビシっと伝わらないといけない。観客を楽しませようと作りこんだ人に報いるためにも、そんなことを思っています。

声だけデカいLV1勇者が増殖中!?

── こういう話を聞いていると、作品を観るほうの眼も鍛えないといけないんだなと感じてきますね。大昔の偉大なアニメオタクは、その部分の能力も鍛えていたって話がありますが。

氷川 それはもちろんですね。なぜそこまでして再生環境を整ようと思ってきたかといえば、自分の鑑識眼も磨いていきたいと、ずっと思ってきたからです。録画環境も十分ではなかった時代に、ファンクラブの会合に行って百戦錬磨の強者相手に有益な会話をしようと思ったら、それこそ目を皿のようにして作品の細部を観ておく必要がありますからね。

 録画ができないだけに、放送時刻に間に合うよう、電車から降りて駅からダッシュして、テレビの前に座る。オンエアされている限られた時間に、画面から少しでも多くのことを読み取ろうとするのは当然です。

 今でこそ、再放送やパッケージでいつでも観られる環境が整っていますが、僕らはゴジラやウルトラマンは、「今ここで観ないと滅びてしまう。放っておいたらなくなるかもしれない」という危機感を感じながら作品に触れていました。

 会合で不用意にゴジラの話を始めたりすると、「当然、初代ゴジラは観てるんだろうね」と切り返してくる怖い先輩もいましたよ(笑)。しょうがないので名画座に行って観ようと思うのですが、次に演るのは半年後だったりするわけです。それだけに、上映時は必死です。そんな日々が原点でした。

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【東宝特撮Blu-rayセレクション】 ゴジラ(昭和29年度作品)

 その当時って、アニメや特撮の会合に出られる時点でRPGで言えばLV24ぐらいは必要だったわけです。第一、どこでそんな話をしてるのか、突き止めること自体に努力が必要でしたから。

 そんな環境で育ってきたので、僭越な言い方になりますが、今のインターネットに流れている言葉には違和感を覚えることも多いです。「実力としてはスライムとやっと戦えるLV1なのに、言葉遣いは乱暴で声だけはデカいね」と思うこともありました。その声の大きさに惑わされて、その言葉がコピー&ペーストで出回ったりもします。

 とはいえ、最近になってやっと状況も変わりつつあるのかなとも。Twitterでリアルタイムのテレビ実況が流行ったり、アニメの楽しみ方もまた変化していますよね。劇場に足を運んだときにも、作品に初めて熱狂したときの雰囲気が戻ってきたような感覚を受けたこともあります。

 作品がバラバラに切り分けられ、高いところからデータとして見下され、ぞんざいに扱われる感じが次第に薄れてきて、時間を共有しながら一緒に楽しもうという雰囲気が戻ったのは、嬉しいですね。

 アニメはスタッフがお客さんであるファンを楽しませようと懸命に考えています。少なくとも作り手の側は頑張っていて、まだまだ日本のアニメは元気だなと感じますね。であれば、受け手も可能な限り、全方位的に楽しむことを続けることが、それに応えることになるのかなと。そんな風に思っています。

著者紹介:氷川竜介

アニメ評論家。技術的な視点からのアプローチを得意とし、宇宙戦艦ヤマトからストライクウィッチーズまで硬軟自在に語れるアニメ・特撮界の生き字引。アニメ・特撮全般のみならず、AV機器への造詣も深い。主な著書に『世紀末アニメ熱論』『20年目のザンボット3』など。また、ブルーレイ・DVDや映画パンフレットなどの解説原稿も多数手がけている。公式サイト:氷川竜介ブログ

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