氷川竜介の「ファンなら目を鍛えて楽しめ! アニメ高画質時代」 第2回
大人なんだから、そろそろまじめにアニメを見なさい
今どきのオススメ高画質アニメを挙げるとすれば? (1/2)
2011年02月22日 12時00分更新
前回に引き続き、アニメ評論家の氷川竜介氏に、高画質化の道を突き進むアニメとAV機器の関係、そして画質・音質に優れた近作の見どころなどを聞いてみた。
忘れがちなこと――ブルーレイは音も良い
── ブルーレイに関して言うと、旧作のボックス化などでは、SD制作の映像をハイビジョンにアップコンバートしたものもたくさん登場してますね。ですから、同じブルーレイパッケージでも画質に差があると言えそうです。
氷川竜介 とはいえアニメもこの2~3年で720pのHD制作が主流になってきました。2007年頃が過渡期だったと思いますが、現在放送されているもののほとんどがHD制作です。
また買い手の意識も環境も変わってきました。女性向けの作品なので一般に普及しているDVDだけでいいだろうと思ったら、「なぜブルーレイ版が出ないの!」と怒られた……なんて話も聞きます。
そして忘れがちですが、ブルーレイでは音の良さも重要です。テレビ放送は(MPEG-2 AACなど)ビットレートが落ちた圧縮音声になっています。(パッケージでは一般的な非圧縮のPCMですが)あるコンテンツメーカーに音質の差をデモするプロモーション動画を見せてもらったんですが、放送とパッケージで驚くほど違っていて、品質差を実感したことがあります。
アニメでは、出演している声優さんの声を聞くのを楽しみに観る人も多いと思います。その声を「マスターに近い高音質で聞きたい」となると、「テレビ放送では物足りないね」という結論に達すると思うんですよ。
ただし、音の場合は、音質を十分に活かせる再生環境が用意しづらいという課題も抱えています。
例えば、ブルーレイには非圧縮のPCMのほか、DTS-HD Master AudioやDolby TrueHDのロスレス音源が収録されている場合もありますが、旧式のAVアンプはロスレスの音源をデコード(変換)する機能が付いていないこともあるので注意が必要です。かつそれらを大音量で鳴らすとなると……一般的な家庭、特に集合住宅では厳しいでしょう。
PSPはモバイル視聴環境のダークホース
── なるほど。そのほかにも最近では仮想サラウンドの技術が向上しているので、高品質のヘッドホンを活用するという選択肢も考えられるかもしれませんね。参考までに、氷川さんのアニメ視聴環境を教えていただけますか?
氷川 現在は、2009年初頭に導入したブルーレイレコーダーに、同じ2009年の9月に買ったプラズマテレビを組み合わせています。それと、DVD再生も多いので、PS3をアプコン再生機として買いました。導入してみるとウワサどおりの高画質で、ブルーレイに買い直すほどではないDVDはそれで楽しみ、有効活用しています(笑)。
限られた時間で少しでも多く作品を観るためにPSPも活用しています。実はPS3にはtorne(トルネ)を接続したので、ゲームはせずにPSPへの吐き出し専用機になってます。持ち歩きできるアニメ再生も、これはこれでいいものなんですよ。
おそらくtorneのエンコードが優秀なのでしょうけれど、これまで持ち歩いていたソースとは雲泥の差ですね。「PSPの発色ってこんなに良かったのか!」と驚くほどです。フルデジタルでPSPに特化したコンバートをしている点が効いているのでしょう。
音は5.1chのAVアンプに加え、深夜用にワイヤレスのサラウンドヘッドホンも追加して、全方位的な視聴環境にしています。
デジタル化で突如出現した難敵「黒潰れ」
── プラズマテレビの設定にもこだわっていますか。
氷川 納得いく画質になるまで、最初に時間をかけてやりました。非常に楽しかったです(笑)。
新製品を買って真っ先に気にするのは黒潰れですね。初期設定のままだと、暗がりの中で何かが動いている場面なのに、なぜか真っ暗に見えるという状態が頻発するのです。
黒潰れはデジタル時代の特徴といえるかもしれません。パソコンのモニターやDVD再生ソフトもデフォルトだと黒潰れ気味に調整されていることが多いです。『誰も気にしてないの?』って疑問に思うぐらいですよ。おそらく画質を追い込んでいる人が、味つけとして黒を締めてしまうことが多いのかなと想像していますが。
── メリハリ感が出て、締まった印象が出ますからね。
氷川 暗部の階調表現は、デジタルになった当初から制作現場では問題になっていました。デジタルは、RGB各色8bit=合計24bitで表現しています。黒はR,G,B=0,0,0になるわけですが、そもそもそれ自体が不自然な色だと思うんです。自然界に漆黒は存在しませんし、実際は暗闇の中に無限の階調が存在して、人間の目も補正しますし。
24bitデジタルは1600万色で無限に近い色を選択できると思われがちですが、階調をグレースケールで表現すると、たった256階調になってしまうので、24bitでも暗部の微妙な階調差を表現するには不足なんですね。マッハバンドと呼ばれる、地図の等高線みたいな階調割れが出るのもそれが理由です。今はビット数を増やして制作しているケースも多いと思います。
とにかく、視聴環境の初期設定も黒のほうに寄せられていると、こげ茶のズボンが黒に見えたりします。するとキャラが違って見えたりするんですよね。
ロボットアニメを例にとると、『勇者ライディーン』の主役ロボット、ライディーンの足は紺色なのですが、初期設定のままだと黒く見えたことがあります。また、ノーマル色では問題なくても、ナイトシーンなどになると黒く見えてしまうということもよくあります。
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勇者ライディーン DVDメモリアルBOX(1) |
押井守さんが監督した『ダロス』『機動警察パトレイバー』などをきっかけに、意図的に影を真っ黒に潰す「BL影」という技法が流行しました。この場合、演出意図を最大限に出すためには、BL影以外が黒潰れしては困るわけです。
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── リファレンスになる作品を挙げるとすれば?
氷川 以前、他社の雑誌企画(「HiVi」2010年3月号)では、『ウォーリー』を使いました。ゴミが舞い散る空気に光が差し込むという描写には階調表現が満載ですし、サビのようなディテールが潰れないか、ツヤのあるロボットの表面が美しいかなど、チェック向きの画面の宝庫です。
国内作品のセルアニメ時代では『劇場版エースをねらえ!』です。この時期に出崎統監督と高橋プロダクションが開発した撮影技法が現在の基礎で、透過光や入射光など実際のレンズを通った光の表現がすばらしい。
デジタル時代では『スチームボーイ』ですね。産業革命期のオイルまみれの機械と蒸気を楽しむフィルムなので、どちらも階調が豊かな表現になっています。特にスチーム城内は、黒いメカの上に機械油を塗りたくったダークな美術世界になっているのですが、この場合はギリギリ暗部のほうに傾けて、細部をよく見たくなるよう目を懲らすぐらいに潰す調整が正解なのです。
とはいえ、設定を明るくして描かれているすべての情報を見るのもまた楽しいんですね。
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── 昔はフィルムなりセル画が存在していたので、最終的には実物に合わせればよかったのですが、デジタル制作だといったい何に合わせれば正解なのか……考えさせられる部分がありますね。
氷川 最後は本人の感性になりますね。自分の場合は『機動戦士ガンダム』や『宇宙戦艦ヤマト』は本物のセル画を見たことがありますから、記憶にある作品はそれに色を合わせています。
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デジタル作品の場合も、セル画っぽい配色ならなんとなく見当がつきますから、それに合わせます。理由は、アニメの色指定は、セル画の時代から連綿と仕事を続けている方々のノウハウの集大成だからです。
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もともと美術の世界では、色並びの法則がありますよね。セル画時代は絵の具の数が限られていたので、その法則の中で並んでもおかしくない色味が厳選されていたわけです。
デジタルは無限に色が増やせますが、色指定もセル画時代のパターン、ノウハウで絞り込んでいます。デジタルでも現場では、従来のセルアニメの色系列に合わせた番号を指定し、ノーマルは300色程度の中から選んでいるはずです。
ノーマルは6000Kの太陽光下の色のことですが、これをもとに電灯灯下の室内や夜間といったシーンごとの色を設定します。こうした色変えは心理表現にも使われるので、その調整にフルカラーが生きてくるわけですね。
アニメはすべてが人工物なだけに、ちょっとした並び方でトンデモない色に見えるんです。例えば、果物を果物らしく見せる配色には黄金律があり、デジタルかどうかは関係ないです。シズル感であるとか、水の表現などにもセオリーがあって、セル画時代から連綿と培われてきた伝統とノウハウの配色を楽しむのも、アニメの醍醐味なんです。

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