ARM界のニューカマー
NVIDIAのARMコアプロセッサー
ここまでで述べたベンダーは、すべて組み込み向けに専念してきた企業ばかりだ。だが、PC向けGPUベンダーから急速に、「HPC&組み込み」という今までならありえない組み合わせの製品ラインナップを目論んでいるのが、ご存知NVIDIAである。
もともとNVIDIAは、携帯電話向けに「GoForce」というグラフィックソリューションを長く提供してきた。しかし、やはりCPUまで含めたワンチップのSoCとして提供しないと実装が難しいことや、インテルとのライセンスのもつれにともなって、x86ベースの製品を投入できる目処が立たなくなったことも関係している。インテルとのライセンス問題は、最終的に「インテルが15億ドルのライセンス料を支払う」形で決着を見ており、GPUはともかく、もうx86に注力する気がないのは明白である。
その代わりではないが、2009年からNVIDIAは、まずARM11コアに自社のGPUを組み合わせた「Tegra APX」シリーズを投入した。最初にアナウンスされたのは「Tegra APX 2500」である。続いて一部改良した「Tegra APX 2600」シリーズを、その後に若干動作周波数を引き上げた「Tegra 600/650」を投入している。
初期のTegraシリーズは、それほど多くの顧客を得ることはできなかった。だが、引き続いて登場した「Cortex-A9 MP」を搭載する「Tegra 2」こと「Tegra 250」は、次世代Android「Honeycomb」を搭載したタブレット端末の、事実上のリファレンスになりそうな勢いで広がりを見せている。Tegra 2でようやくNVIDIAは、ARMベースのアプリケーションプロセッサーベンダーの一角になった感がある。
またNVIDIAはこれとは別に、ARM v7のアーキテクチャーライセンスをARMより受けている。そして、これをベースに「Project Denver」なる新コア開発を始めたことを明らかにしている。ただ、これがTegraの延長となるモバイル向けのものとなるのか、それとも同社のHPC向けなのか、あるいは両方なのかというのは現状不明だ。
CESでの発表に合わせて出されたプレスリリースでは「両方狙う」としているが、まだデザインも決まらない状態の話だから、これはリップサービスに近く、多少割り引いて考える必要がある。また、設計開始からチップ製造までには数年はかかることを考えると、当面は現状のままか、ひょっとすると近い将来、Cortex-A15搭載製品のアナウンスがあるかも、という程度に考えておくべきだろう。
アップルのARMコアプロセッサーはどうなってる?
ARMと言えば、アップルのプロセッサーについても触れておこう。アップルはiPhone 4やiPadで「自社開発」の「A4」プロセッサーを搭載していることを明らかにしたが、このA4の実体はCortex-A8をベースにしたものであろうとされている。
実際に、それ以前まではサムスンが提供したARM11ベースのSoCを利用していたことを考えると、互換性という意味でも設計の継続という意味でも、これは正しいアプローチである。A4に引き続き、今度はプロセスを微細化してCortex-A9 MPをCPUコアとして搭載したものが導入されると言われており、これも妥当な進展に思える。
だが、これを超えて、例えば「NVIDIAのように、アップルもアーキテクチャーライセンスを受けて独自プロセッサーを作るか?」と問われれば、現状はそうしたニーズが極めて乏しいと言わざるをえない。
Windows on ARMはARMの世界をどう変える?
主要なARMベースのアプリケーションプロセッサーベンダーと、その代表的な製品の解説は以上である。日本国内ベンダーが含まれていないのは、このマーケットへの参入が遅れたためだ。
例えば富士通は、「Jade」と呼ばれる独自のグラフィックス統合SoCを開発しており、これにはARMコア(ARM926EJ-S)が搭載されている。だが、同社はこれを車載あるいは各種制御機器のグラフィックコントローラーとして販売しており、汎用アプリケーションプロセッサーの分野には投入していない。
またNECも、古くからARMコアを採用している。特に「ARM11MP」に至っては、ARMとNECエレクトロニクス(現ルネサスエレクトロニクス)との共同開発の賜物なのだが、それをアプリケーションプロセッサーの方面には投入していない。
ところで、今この分野で大きな話題といえば、CES 2011においてマイクロソフトが発表した、「次世代Windowsがx86およびARMのSoCをサポートする」という話題であろう(関連記事)。「次世代」というのはWindows Embedded系列ではなく、Windows 8相当を指していると一般には受け取られている。
ARM版Windowsのまだ詳細は一切明らかにされていないが、「x86とARMの間でプログラム(バイナリーではない)の互換性がある」ことと、「ドライバーは再コンパイルの必要がある」ことはデモの形で紹介された。Windowsプラットフォームそのものは、過去にもx86以外にDEC Alpha、Itanium、MIPS、PowerPCなどに移植が行なわれていることを考えると、ARMに移植されること自体は不思議ではない(関連記事)。
ただ、これらの非x86系Windowsはバイナリー互換性が一切なく、これをどうするのかが今回の焦点になるだろう。可能性のひとつは、アプリケーションの.NET化を推進することだ。これは仮想マシン上で動作するから、ARMとx86で共通のバイナリー互換性が実現される。しかし、これには「遅い」という問題があるし、過去の資産を生かすのは難しい。
現実的にはかつてのMac OSのように、x86とARMの両コードがひとつのバイナリープログラムに収められる「Fat Binary」化と、それに加えて.NETでもFat Binaryでもないプログラム向けにx86エミュレーションがARM上で動く、といった形が現実的な解ではないかと筆者は予測する。
これに絡んで筆者が気になるのが、「次世代WindowsがどのARMアーキテクチャーをサポートするか」である。ARMは2010年に、次世代のCortex-A15アーキテクチャーを発表している。Cortex-A15では仮想化や64bitサポートなどが行なわれており、Windowsのような重いソフトを動かすのにある意味最適ではある。ところが現時点では、まだCortex-A15を搭載したシリコンは存在していない。もちろんCESのデモでは、製品化前段階のものが使われたという可能性はある。だがその場合、既存のARMベースの製品は全部対象外になってしまう。
ここで、前ページで触れたFreescaleのヘンリー・リチャード氏の発言が気になるわけだ。もちろん彼のコメントは何かを確約したわけではないが、少なくとも「自社のi.MX6が将来バージョンのWindowsで使える」ことを、ほぼ約束しているように読み取れる。もしARM版Windowsでi.MX6がサポートされないようなら、おそらくもっと異なるコメントになるだろう。
そうしたことを考えると、ARM v7アーキテクチャーのCortex-A系列のプロセッサーは、基本的にはサポートされると筆者は考えている(Cortex-A5はやや微妙ではあるが)。もっとも将来バージョンのWindowsが登場するのは、x86/x64版でさえ2012年と予測されているので、ARM版はもっと後ろにずれ込む可能性もある。
その頃には、製品に搭載されるARMコアも最低ラインがCortex-A9になっていて、あるいはCortex-A15を搭載した製品がひとつふたつ登場しているかもしれない。だから、Cortex-A5/A8あたりをサポートするか否かは、実はそれほど問題ではないかもしれないと考えられる。
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