無線がネットワークの中心になるパラダイム転換
こうした計画が決まったのは、インターネットが始まる前ではなく、インターネットのユーザーが毎年倍増していた時期だった。日本の企業が古いインフラに投資して失敗したのは、彼らが現実を見ていなかったからではない。新しい現実を電話やテレビという古いパラダイムの例外と見ていたからだ。
確かにIPは信頼性がなく、通信効率も悪い。しかしATM交換機が10億円するのに対して、IPのルーターやサーバーは100万円未満。ユーザーが自分で設置してウェブサイトをつくることができる。その安さと自由さの魅力が信頼性問題を超え、多くの企業がIPに投資して通信速度が上がって効率の悪さもカバーされた。
このように最初は「安くて悪い」技術が、そのコスト優位性で浸透し、ユーザーが増えるとともに投資が増え、性能が上がって「安くて良い」技術になる現象を、クレイトン・クリステンセンは破壊的イノベーションと呼んだ。かつて大型コンピューターの技術者がPCを「おもちゃ」と笑ったように、NTTもテレビ局もインターネットを「アマチュアの作った貧弱なネットワーク」と考えていた。
通信の世界に、それ以来の大きな変化が起きている。東京大学の橋元良明教授の「日本人の情報行動」調査によると、10代のケータイによるネット利用時間は66分だが、PCによるネット利用時間は1日に12.8分で、5年前に比べて5分あまり減少した。これは私が毎年、授業で採っているアンケートとも一致する。「パソコンを持っている人は?」と質問すると半分ぐらいしか手が上がらないが、「ケータイは?」ときくと全員が手を上げる。若者の主要なメディアは、圧倒的にケータイなのだ。
かつてのIPのように、今のケータイは信頼性がなく速度も遅い。しかし世界の通信キャリアもメーカーも、無線通信に投資を集中している。その結果、5年前のPCよりはるかに高性能で安いiPadがベストセラーになった。第4世代(4G)の無線通信では、東京だけで数十万から数百万のマイクロセル、ピコセル、フェムトセルなどと呼ばれる超小型の基地局が必要になるといわれている。
そうなると光ファイバーの主要な役割は家庭からのアクセス系ではなく、膨大な基地局をつなぐ中継系になる。セルを増やせばいくらでも通信速度は上がるので、無線に投資が集中すれば、加入者線はボトルネックではなくなる。アクセス系は無線に置き換わり、FTTH(家庭用光ファイバー)は不要になるだろう。無線の普及は進んだが、こうしたパラダイム転換は始まったばかりだ、勝負を決めるのは技術ではなく、電波を開放する規制改革である。
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