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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第18回

グッドスマイルカンパニー安藝貴範社長に聞く

ブラック★ロックシューターが打ち砕いたもの(3)

2010年12月08日 19時00分更新

文● まつもとあつし

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新たなビジネスモデルを確立するため、そして優秀なクリエイターが正当な対価を得られない“不幸なモデル”を打ち砕くためにアニメ「ブラック★ロックシューター」は誕生したともいえるだろう

インタビューを終えて

 安藝社長への取材は1時間ほどだったが、削るところがないほど示唆に富んだ内容だった。いくつかポイントを振り返ってみよう。

ファーストウィンドウの選定に独自の着眼点

 pixivで生まれニコニコ動画で火がついたブラック★ロックシューターのアニメ化、と言えば、普通そのお披露目の場もまずはネットでという発想になるが、安藝社長は製作委員会にドワンゴのグループ会社が参加しているにも関わらず、その選択を取らなかった。これはやはり注目に値する。

 「フリーミアム」という言葉が持てはやされたが、そもそも広く無料視聴が可能で録画すらできるテレビアニメは壮大な(しかも多額のコストが掛かる割に回収の確率が極めて不確定な)フリーミアムモデルだ。

 メリットばかりでない点はネット配信にしても同様で、ネットの場合は「いかにして大勢の人々に見に来てもらうか(集客)」「レビューが負のスパイラルに陥ったときにそこからの再起を図りづらい(炎上)」といった未解決の問題がある。

 そこで、業界全体として部数の伸び悩みに苦しむ「雑誌」がファーストウィンドウとして選ばれた。そしてそれは、実は完全に無料でDVDを配付している訳ではなく、出版社の営業努力はあったにせよ販売価格にうまく組込まれているであろう点もユニークだ。

 フィギュアとのセット販売では得られなかった客層への手がかりも得られている。もちろん、それはテレビ放送に比べリーチでは劣るものの、コストパフォーマンスでは優れている。そしてリーチで不足する部分をネットによる評判(視聴行動そのものではないことに注意)で補っているという構図も成り立つだろう。

長谷川文雄・福富忠和編『コンテンツ学』の第6章「コンテンツビジネスの基本モデル」(木村誠)より、ウィンドウウィングモデルの概念図

グッドウィルという原点回帰

 ウィンドウのコントロールにその肝がある「ウィンドウウィングモデル」(関連記事)に対して、作品への共感・好感など良い意思を元に、映像以外の商品群提供でそのリクープを図っていくのが「グッドウィルモデル」だ。

 アニメ「イヴの時間」プロデューサー長江努氏へのインタビュー(関連記事)でも強く感じたことだが、視聴者のグッドウィルをどうすれば高められるのか、安藝社長も各局面で腐心している様子が窺えた。

 映像作品そのもの、例えば世界観や脚本などへのグッドウィルは、人気声優の起用などでそのファン層を作品に誘導するといった手法以外では、ビジネスサイドからコントロールできない。

 しかしながら、どのメディアをウィンドウとして選択するか、あるいはそのメディアにおけるユーザーの声にどう応えていくかといった作品の外で行なわれる意思決定については、製作委員会、ビジネスプロデューサーの判断が極めて大きい。

 作品の良さはもちろんではあるが、こういったビジネスサイドの適切な判断の積み重ねでグッドウィルは高まっていく。その結果、商品が好調に販売され、キャッシュフローが潤沢になり、次に挙げる、アニメビジネスにおけるイノベーションを主導するための「実行力・交渉力」が蓄えられていくと言えるだろう。

“儲からない=現場も潤わないモデル”へのカウンター

 ブラック★ロックシューターは、単に一グッズメーカーの利益の最大化を目指しているのではなく、新しいモデル作りを明確に謳っていることも忘れてはならない。

 今回は、委員会出資企業が必ず主張する窓口手数料(商品販売で得られた利益のうち、規定の率をまず自社で確保した上で、製作委員会に戻す仕組み)を放棄して、「委員会収益を黒字にして出資企業への分配を行なう」という方法をとり成功を収めつつある。

 この「委員会収益の分配」はコンテンツビジネスの教科書では必ず解説されるが、しかし、実際は謳い文句としてしか意味を持っていなかったものだ。

 視聴者からすればなかなか目に見えない部分ではあるが、直接・間接的なアニメビジネスの手段を持つ企業でなければ利益が期待できないモデルであったところに、外部、いわゆる第三者出資でもリターンの可能性が見い出せるのだ、ということを実績で示したことの意義は大きい。

 「業界外」から資金が入ってくるということは、食うや食わずの状態に置かれている制作現場にもお金が回ることにつながり、結果的には、アスキー総研 遠藤氏との対談でも話題となった、アニメ作品の国際競争力を再び高める原資ともなり得るだろう(関連記事)。

 インタビューの初回冒頭に挙げた安藝社長からのTwitterメッセージにあった「ブラック★ロックシューターの本質」も実はそこにあると筆者は捉えた。制作費5000万円で作られた小品ではあるものの、映像や商品といった消費者から見える部分の背景には、このような想いと狙いがあったのだ。

 安藝社長は「あと2作品ある」と言った。ブラック★ロックシューターと今後の2作品が、現在の一種閉塞状態にあるアニメビジネスにどのようなインパクトをもたらすのか、引き続き注目したい。

著者紹介:まつもとあつし

ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環に在籍。ネットコミュニティやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、映像コンテンツのプロデュース活動を行なっている。DCM修士。12月10日にはアスキー新書より「生き残るメディア 死ぬメディア 出版・映像ビジネスのゆくえ」が発売。公式サイト松本淳PM事務所[ampm]。Twitterアカウントは@a_matsumoto

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