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Mr.マリック、インターネットにも「きてます!」

2010年11月26日 12時00分更新

文● ASCII.jp編集部

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「テレビマジシャン」が生まれるまで

―― そこでテレビとネットの違いが知りたいのですが、まずマリックさんが「テレビマジシャン」としてデビューするまでの経緯を教えてもらえますか。

マリック 中学一年生のとき、名古屋から転校生が来たんですよ。その子がマジックをしていた子で、なんとテレビに出たこともあった。すると当然のようにモテますよね。「あ、マジックやればモテるのか!」と思って、彼のアシスタントから始めました。

指先でゴルフボールを回すなど、転校生がマジックの練習をしていたのを見ていたのがきっかけだったという


―― 「モテたい」がきっかけだったんですね。

マリック わたしもオクテでしたからね。で、そのまま高校でもマジックは続けていたんですが、卒業後にはガス器具のメーカーに設計士として入ったんです。当時はまだ、マジシャンになるなんて言ったら、旅芸人になるようなものだったので。


―― じゃあ、そのまましばらくガス器具の設計を?

マリック それが研修でいろんな部署を回らされたんですが、プレスの部署だけがダメで。当時はまだ鉄板を手で入れていたんです。ギロチン台に手を入れてるようなもので、「うわ、これはちょっと……」と思って辞表を持っていきました。


―― 手にケガでもしたら、マジックできないですもんね。

マリック そこから名古屋の「オリエンタル中村百貨店」というデパートで、マジックの実演販売をはじめたんです。プロでもアマでもない、マジックディーラーとしての仕事を。14年間くらいはずっとそれをつづけてました。両親には「デパートの面白い仕事」と言って。

マリックさん自身のマジックショップを経営していたこともあった。まさに「最強のタネ屋さん」


―― プロでもアマでもない?

マリック それしかなかったんですよ、当時は。プロのマジシャンになるには、「日本奇術協会」という権威ある団体に入る必要があったんです。でも、知り合いの紹介がないとダメ。もうひとつはキャバレー。エージェントを通して、キャバレーでやる人もいたんです。


―― クラシックに対するジャズみたいなものですか。

マリック そうです。でも、キャバレーではマジックなんて誰も見ていない。飲みに来る人は、お酒があって、女の人がいればいいわけですから。まさに壁の絵でしたよ。


―― しかし、それを聞くと、マジックディーラーからテレビマジシャンへのステップアップは難しそうですけど。

マリック きっかけはユリ・ゲラーでした。それまではマジックの舞台を中継する番組しかなかったんですが、彼はどこの家庭にもあるスプーンを曲げた。それで初めて、テレビの向こう側にいる人を驚かしたんです。怪しい袋から花なりハトなりを出すのとは違う。


―― 驚かせる相手は、お茶の間の人々だったと。

マリック テレビというのは、2メートル先にいるお客にものを言う世界だと言われています。6尺(約1.8メートル)の棚をはさんでモノを売っていた実演販売が、まさに「テレビ」だったんですよ。ただ見せるのではなく、お客とコミュニケーションをとるという。

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