「悪人」が輝いたっていいじゃないか
日本人は「敗北」に感動する 高校野球アニメ「おお振り」の意図 【後編】
2010年11月20日 12時00分更新
「悪人」が輝いたっていい
水島 だから、「輝いているもの」が僕は好きなんですが、それは高校球児や警察官だけじゃなくて、悪人が一生懸命やってて輝いているのもいいなと思うんですよ。
―― 悪人が輝く? 一生懸命なら悪くてもいいんですか。
水島 「輝いている」というのと、善人か悪人かというのは、まったく別の話だと思うんですね。
―― 「輝いている、イコール善」だと思っていました。
(c) ひぐちアサ・講談社/おお振り製作委員会
水島 もちろんそれは、そう考える人の自由なんですけど。でも僕にとっては、輝いていることと、良い/悪いは、全然同じ土俵じゃないです。今、便宜的に「悪人」と言ってしまったんですけれども、世の中のほとんどの人が、100%の善人でも100%の悪人でもないですよね。善人悪人って、あんまり白黒決めつけない方がいいのかなと思いますね。
呂佳も同じなんですよ。呂佳も、まあどちらかというと「悪人」の範疇に入ってしまうキャラクターで、確かにズルをしたのは悪いことだとは思うんですけど、気持ちは分からないでもない。
彼は、自分のやっていることが100%悪いことだとは思ってない。一方で、高3のときの試合終了の夢を見てはうなされているというところに、ちょっと小心者的なところも見えたりしてかわいいなと思うんですけどね、僕の中では。キラキラしている悪役がいたっていい。悪役だって感動したり、反省したり、トラウマがあったりする。それは、安直に「二面性」だと言われてしまうこともあるんですけど、それだけで片づけてほしくない。
僕は、「おお振り」以外は、ドクロちゃんとか、ちょっと毒のある作品を手がけることが多いので、周りの仕事仲間に、「(『おお振り』のような)こんなにキラキラしている作品を作っているのは、精神的に無理しているんじゃないの?」みたいにツッコまれることがあるんですよ。とんでもない、ストレートに伸び伸びとやらせてもらっているし、我慢していることなんかひとつもない。
―― そういう黒っぽい毒とキラキラしたものに憧れることは、本当に同居できる、同居するものなんですね。
水島 呂佳だって、キラキラしたものに憧れているでしょう。第12.5話でも親友の滝井が言っているんですけど、もう自分も野球をしたくてむずむずしているって。もしかしたら、これからはコーチに留まらず、野球を続けていくんじゃないかという。もしそうなったらと思うと、個人的に楽しみなんですけどね。
―― そのあたり、呂佳とご自身がシンクロするような。
水島 そうですね。だから一番出したかったのかもしれないですね。心の中に黒い部分もありつつ、やっぱりキラキラしたものを絶対に切り捨てられないんですよね。捨てられない憧れに引きずられたり執着するから、野球の方へ行くという。
呂佳のことを説明するときには、「(『スター・ウォーズ』の)アナキン・スカイウォーカーがダース・ベイダーになったんだよ」と言っているんです。もともとは素直な子なんだよと。そしてまた、いつか元のアナキンに戻りますよと。
大人というのは、キラキラで一途なままではいられない。呂佳も、大人になる途上なんでしょうね。大人だって、時には必死な形相で自転車を立ちこぎしちゃうような、人目も体面もなりふり構わずなところを周りに見られてもいいんじゃないですか。追いつめられたときに見せる、さりげない人間性が僕は大好きです。
(c) ひぐちアサ・講談社/おお振り製作委員会
■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。
DVD発売情報&原作マンガ紹介
「おおきく振りかぶって ~夏の大会編~」DVD、全7巻発売中!
価格:5775円(通常版)、6300円(DVD完全生産限定盤)
初回特典:CD「西浦高校放送室」、吉田隆彦描き下ろし「三方背」、「キラキラ野球カード」
マンガ「おおきく振りかぶって」は月刊「アフタヌーン」(講談社)で連載中、コミックスは第1巻~第15巻が発売中! フルカラーの豪華ファンブック「おおきく振りかぶって 熱闘グラフ ――あの夏を焦がした試合&選手 記録集」(角川グループパブリッシング)も発売中だ。ぜひチェックを!
■Amazon.co.jpで購入
おおきく振りかぶって~夏の大会編~3 【完全生産限定版】 [DVD]TVアニメ≪CD付完全生産限(著)アニプレックス
この連載の記事
-
第56回
アニメ
マンガ・アニメ業界のプロがガチトークするIMART2023の見どころ教えます -
第55回
アニメ
日本アニメだけで有料会員数1200万人突破した「クランチロール」が作る未来 -
第54回
アニメ
世界のアニメファンに配信とサービスを届けたい、クランチロールの戦略 -
第53回
アニメ
『水星の魔女』を世に送り出すうえで考えたこととは?――岡本拓也P -
第52回
アニメ
今描くべきガンダムとして「呪い」をテーマに据えた理由――『水星の魔女』岡本拓也P -
第51回
アニメ
NFTはマンガファンの「推し度」や「圧」を数値化する試みである!? -
第50回
アニメ
NFTで日本の漫画を売る理由は「マンガファンとデジタル好きは重なっているから」 -
第49回
アニメ
緒方恵美さんの覚悟「完売しても200万赤字。でも続けなきゃ滅ぶ」 -
第48回
アニメ
緒方恵美さん「逃げちゃダメだ」――コロナ禍によるライブエンタメ業界の危機を語る -
第47回
トピックス
『宝石の国』のヒットは幸運だが、それは技術と訓練と人の出会いの積み重ね -
第46回
トピックス
『宝石の国』が気持ちいいのは現実より「ちょっと早回し」だから - この連載の一覧へ