まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第15回
本を起点にゲーム・グッズ・映像をつなぐ架け橋を目指す
垂直統合プラットフォームとしてのBOOK☆WALKER
2010年11月13日 09時00分更新
プラットフォーム戦略としてのID・課金・審査・DRM
――プラットフォームでは会員IDをどう扱うか、また、収益の最大化のために課金方法は何を採用するかが重要です。
安本 IDは基本的にOpenID(1つのIDを複数のサイトで利用できる認証システムの標準形式。IDはURL形式で発行される)を採用します。課金については年齢層に配慮して、クレジットカードだけでなくウェブマネーや携帯決済も取り入れたいですね。
――2010年12月のプレサービス開始時は、まずiPad/iPhone向けアプリを提供するとのことですが、App Storeでの展開には色々と制約がありませんか?
安本 iPad/iPhone向けアプリは「In App Purchase」(アプリ内でコンテンツを販売し、それに対してApp Store課金が可能な仕組み)です。そのため、iPad/iPhoneではApple IDを使うことになりますね。
来年4月には、Android端末にも対応しますし、PCもそこに加わります。同時にiPhone/iPadについては独自課金が動き出す予定です。
――ボイジャーの萩野社長も、Appleの審査は、特に電子書籍のラインナップを考える際、非常に厳しいと指摘していました。
安本 私たちが提供するのは、いわば「本棚機能の付いたビューワーアプリ」ですので、まずそれは審査に通るだろうと予想しています。問題になるのは、その本棚の中身(コンテンツ)ですね。これについてはもう仕方がありません。
12月の段階では価格設定・紙の本との販売タイミングなどの実証実験が第一の目的です。審査の問題はありますが、お客さんが気軽に購入できる仕組みをIn App Purchaseで整えて、まずはローンチします。
4月からの独自課金への移行に際しては、PC向けサービスにお客さんを誘導し、そこでコンテンツの決済を済ませてもらうことを狙っています。
Appleは、自社のプラットフォームでの購買はApp Store課金しか認めないものの、すでに他プラットフォームで購入済みであれば、そのコンテンツにアクセスさせることは制限しないという見解であると認識しています。もっとも、その見解がいつ変わってしまうかは、誰にもわからないのですが(笑)。
――なるほど。PCも含めたマルチプラットフォーム展開自体が、Appleの課金やコンテンツ審査への対応策にもなっているのですね。
安本 はい。BOOK☆WALKERで購入した本は複数の端末で同期されますので、仮にiPad版ではAppleの審査の関係でラインナップされていないコンテンツがあったとしても、PC版でラインナップされていれば、そちらから購入することでiPadでも読めるようになる仕組みです。なお、同じユーザーが所有する端末であれば5台程度は認証範囲とする予定です。
紙の本のビジネスモデルとの共存共栄
――発表では「書店販売との連携」というスライドもありました。これは米バーンズ&ノーブル社が「Nook」で実現した、書店でも端末越しに立ち読みが可能という施策とは、また異なっているようですね。
安本 紙との共存をビジネスモデルとして確立させることを目指しています。紙の本にユニークなシリアルナンバーを付けて、その番号をBOOK☆WALKERに入力することで、プレミアムコンテンツを入手できるといった施策を検討しています。
実はすでに、グループ会社の中経出版では料理本などでこの方法を試みています。シリアルナンバーと、毎回ランダムに変わる設問(○ページの最初の文字は? など)に答えると、本文や調理の動画が見られるといった仕組みです。
――デジタル版の付録、といった位置付けですね。
安本 気をつけないといけないのが、例えば「紙の本を買ってくれた人には本文のPDFをダウンロード可能にする」といった場合、同じ作品を電子書籍として販売していると、景表法(不当景品類及び不当表示防止法)の規定上NGになってしまう可能性があります。
中経出版の例では、電子書籍版を販売していないので問題ないのですが、今後このあたりの扱いは難しくなるでしょう。有効な書店来店策ですから、本当は積極的にやりたいのですけどね。将来的には、電子書籍時代に相応しい法律に再整備されていく必要もあるんじゃないかなと思います。
ファイルフォーマットとワークフロー
――ファイルフォーマットについて伺います。垂直統合型のプラットフォーム、しかもグループ内に出版社が並立する中で、フォーマットはどのように扱う予定でしょうか?
安本 基本的には角川グループの戦略として考えたときに、当然BOOK☆WALKERだけが流通手段ではありません。
様々なプラットフォームでの流通を前提とすると、できるだけ汎用的な、つまり各プラットフォーム方式から1つ手前の段階のデータを持っておくのが合理的です。現状ではTTX形式(ボイジャーのT-Timeビューワのソースファイル。HTMLをベースに構成される)が最適と考えています。
一方で、三省懇談会(総務省・文部科学省・経済産業省が開催する「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」のこと。各省の副大臣・政務官・業界関係者で構成)で議論されている中間フォーマットの動向も注視しながら、できる限りデファクトとなるフォーマットでデータを集約・管理できるよう体制を整えていきます。
――実際のワークフローは? 大日本印刷・凸版印刷が発起人の「電子出版制作・流通協議会」も設立され、印刷工程の中で電子書籍フォーマットも生成される環境が整備されつつありますが。
安本 これまでのフローであれば、印刷会社さんに対して、例えば.Book形式でデータをください、という形で発注をかける形になりますね。
ただし今後はDTPソフト側でも、各種電子書籍フォーマットでの出力をサポートするようになるでしょうから、InDesignなどのDTPデータの提供を版元から受ける、というフローも生まれると思います。
と言いますのも、例えば「紙の新刊と同時に電子書籍版も発売」といった販売施策を取ろうとすると、印刷会社さんと1つ1つやり取りしていては準備が間に合わないんですよ。
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