「無人カメラ」という冷静な視点
水島 カメラなんかは極力、客観視点にしました。これは自分の好みですけどね。西広の三振は、カメラはすごく引いた視点で、3球続けてバットを振るのを早く連続で見せました。カメラの引き方は、原作の漫画よりも引いて、もっと遠いところから撮っています。
(c) ひぐちアサ・講談社/おお振り製作委員会
―― カメラが、主役である西浦に肩入れしてないですよね。西浦のメンバーの思いを伝えるときに、顔をぐっとアップにして視聴者に感情移入させるのに、「打てない」「ボールを落とす」という実際に起った出来事になるとカメラが引いて、“思い”を省いて“事実”だけを映す。ある意味、意地悪なくらいに客観視点でしたね。
水島 意地悪というより、組み立て方として、そっちの方が伝わるかなと思ったんです。「無人カメラ」が好みなんですよ、個人的に。衝撃的な出来事があったとして、衝撃的なシーンをぐわっ、どーんとやるよりは、無人カメラの前で大変なことが起きていた方がショッキングなんですよね。なので、いつも無人カメラを目指しています。
カメラが引いたところで三振した方が、「みんなが見ている中で」ということが伝わる。しかもあそこは、西広以外、全員敵チームのキャラクターしか映ってないので、衝撃度が増すかなという。
「伝わるようにするには、どう伝えればいいか」というのは、そこは冷静になって組み立てていくしかないですよね。西広の最後の場面も、どれだけ自分が冷静になってシーンを作れるかというのをずっと意識していました。
―― どれだけ冷静になるかが鍵ですか。
水島 熱い気持ちをそのまま乗せるというか、このシーンはいいシーンだから、すごく盛り上げてやろうという思いだけで作ると、たいてい失敗するんですよ。これは本当なんです。自分が熱くなっているときは、だいたい空回りしますね。いや、何度も経験があるんですよ。
何か撮りたいものがある。じゃあ、みんなに本当にすごいと思わせるにはどうしたらいいのか。組み立て方を冷静に考えていくほうが、僕の場合はいいんですね。演出について、はっきりとした文法はないのかもしれないんですけど、自分なりのやり方を、自分なりの経験で作っていくしかないと思います。
(c) ひぐちアサ・講談社/おお振り製作委員会
―― 演出家になってから、どんな経験をされましたか。
水島 なった最初の頃は、自分が思い描いたようなフィルムがもう、全然作れなかったんです。自分で演出したフィルムを見ては、何でこうなっちゃうのかな、という連続で。西浦の子たちと一緒ですよ。最初は素人なので、やりながら間違いを正していくしかないのかなとは思いますね。やっぱり思うようにいかないことだらけですね。それはいまだにですけど。
―― 今でもあるんですか。
水島 もちろんありますよ。あれ、おかしいな、ここはもうちょっとうまくいくはずだったんだけどとか。
―― 思い通りにいかない経験というのは、たとえば昔なら、どんなことがありましたか。
水島 思い通りにいかなかったことは、あんまり語りたくないですね(笑)。だって、それは失敗しましたってカミングアウトしちゃっていることなので。むちゃくちゃ悔しいこととか、自分のふがいなさとかは、自分の中でずっと忘れずに抱えておきます。“次”を目指すためには、それくらいでちょうど良いんですよ。
■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。
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