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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第8回

日本人は「敗北」に感動する 高校野球アニメ「おお振り」の意図 【前編】

2010年11月13日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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監督の仕事には、勝敗がない

―― スリーランを打たれて逆転も難しい点差になって、だんだん三橋のコントロールが乱れてくる。それに気付いた西浦ナイン全員が落ち込んだその時、打ち上げられたフライを栄口が取りこぼす。みんなが緊張しているとわかった時に、三橋が「ワンナウトー!」と叫ぶシーンですね。

水島 あそこは三橋を、西浦チームをひっぱっていくエースなんだと印象づけるようなカメラにしました。第2期全体のクライマックスですよね。三橋が自立する――自立と言っていいのかわからないけど、今までずっと阿部に頼りっぱなしだった三橋が、そうじゃなくなったということがしっかり伝わればいいと思いました。

―― 負けはしたけれども、さわやかな終わり方でしたね。

水島 原作の「おお振り」自体がそうですよね。勝負で言えば、勝っているところだけを描いているわけではなくて、負けているところを丹念に描いていたりする。そして、負けているところを描いていながら、すがすがしいという。アニメの場合は、音楽の影響かもしれません。音楽の方には、「負けたけどすがすがしい、やりきった! という感じにしてほしい」とお願いしました。


―― 「負けたけどすがすがしい」みたいな経験、監督にはありますか。

水島 どうでしょう。「やり遂げた感」は、作品が終われば毎回ありますけれども。終わったときは、すごく心地いいです。

 でも、勝ち負けという形ではあまり戦ってないかもしれないです。監督の仕事って、はっきりした勝敗がないんですよ。販売の面であれば、DVDが売れる、売れないという勝負はあるんですけれど、ただ数字だけを目指しているのかと言われると、そうでもないような気もする。売れるために意に染まないものを作っていいのかという問題もあるし、でもやっぱり売れてほしいし、お客さんもスタッフも、双方満足できるものであってほしいし。そういうところを行ったり来たりすることが多くて。


―― では、「おお振り」の中では、監督が経験されていないような思いが入っているんですか。

水島 そういう部分もありますね。最近、勝ち負けを意識するようなところがないなと。自分にあまり経験がないからこそ、すがすがしく見せたい、自分の憧れを入れている部分もありますね。

 「おお振り」のアニメを作るにあたって……これはどの作品を作るときにも思いますが、特に気をつけているところがありまして。憧れているからこそ、思い入れたっぷりに描きすぎてはいけないと思っているんです。


―― 思い入れがあるものを、思い入れを込めて描いてはいけない?

(次のページに続く)

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