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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第40回

初音ミクでハルメンズ! サエキけんぞうと7人のボカロP【後編】

2010年11月13日 12時00分更新

文● 四本淑三

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日本のアイドル史は「初音ミク」だったのかもしれない

―― ボカロを使う目的という話だと、カバー曲主体のみろんPは?

みろんP 音楽における機械音声の未来を考えるとき、アプローチの方向性は2つあると思います。「人間にはできない歌い方ができる」という機械ならではの方向性と、「どれだけ人間の歌に迫れるか」という方向性です。前者は色んな人が面白いことをやるでしょうから、とりあえず地味な後者をやってみたかったんですよ。

 たとえば人型のロボットに関しても人間らしさを感じさせる動作や反応を仕込むという部分も考えられてきています。それがボーカロイドだと、何もしないと真っ平らな歌に対してどういうことをやったら人が歌うように聞こえるのか、ということになりますが。基本、難しいことは考えず適当に人っぽく近づけるんですが、実際にやってみると人が無意識にやっているニュアンスって驚くほど要素が多いんです。今のボーカロイドではまだできない事も多い。なんだか「歌う」という動作を別の角度から勉強してるような感じすらします。

サエキ たとえば、サックスのすごい音色というのは、ジョン・コルトレーンとかソニー・ロリンズみたいな人が作るわけで、元々サックスがそんな音で鳴るわけじゃないんですよ。初音ミクを鳴らすにしても、やった分しか伸びないというか。どうも初音ミクというと、自動で未来が開けるような話になりがちなんですけど、Pの皆さんが歩いた分しか進まないという、水前寺清子的な感じなんじゃないかと。

―― えー、若い人が分からないかも知れないので言っておくと「365歩のマーチ」の歌詞ですね。

サエキ たとえばビブラートとか音域の問題とかね、機械だから人間にできない技ができるわけで。無茶な歌わせ方はまだこれからかなというか、みっくみくの頃の方が、まだ聴いたことのない感じのものがあった。最近は上手く歌わせるというか、人間に近付ける感じのものの方が多いですね。

現在のボーカロイドは、ピッチやダイナミクス、ブレシネスといったパラメーターをいじって「人間らしい発声を作る」使い方が基本になっている

デP 最近、ニコニコ動画の歌い手さんたちの人気に押されて、初音ミクの曲が「人に歌われること」で大勢の人に聞かれ、評価されるような傾向にあります。

サエキ だからか。それはそれでいいんですけどね。もうひとつ人工音声ならではの面白い使い方がないのかなと。たとえば黒人に初音ミクを使わせたら変な使い方しないだろうかとか。「TB-303」が元々ベースをシミュレーションする楽器だったのに、アシッドハウスみたいに変なものが出てきた。掟破りな使い方がされることで、予想外の発展を遂げると思うし。

ローランドの名機「TB-303」はいまiPhoneアプリ「DB-303」としてよみがえっている

―― ははは。でも、その話は最近良く出るんですよ。ボーカロイドを楽器として扱うのか、集合イメージとして扱うのか。

サエキ 絵のキャラクターアイドルはね、フィリックス・ザ・キャットとか魔法使いサリーとか、色々あったんだけど、それが人工音声アイドルを得たことで、ケタ違いのイメージの可能性を得たはずなんですよね。でも、なかなかイメージの焦点がしぼれこめなかったりするんです。今回、ピアプロでジャケットや中に入れる絵を募集したんですよ。最終的にどれにするかというのでレコード会社会議があってね、6人の男が雁首揃えて悩んでたわけですよ。

―― ああ、それは大変な状況だ。

サエキ それがですね、「やっぱり『萌えなきゃ』ダメだ」って言葉が、大のオッサンから発せられたんですよ。萌えなければファンの皆さんに訴求する接点が見当たらないと。僕は単純にデザイン的に優れたものになればいい、と考えていたんですけど、その言葉を聞いて、「これだ!」ってね。萌える、というか、まず「ホロッとする気持ち」が通じ合わなきゃだめなんだと。そこで、今回のジャケットの絵が決まった。そして、この初音ミクsingsハルメンズ・プロジェクトは結実を見たなと思ったんですよ。ある意味では血の通ったイメージに雪崩を打って向かっていったんですね。

ジャケットイラストは、クリプトン社が運営する「ピアプロ」で募集。応募作品の中には80年代当時のハルメンズを思い起こさせるものもチラホラ

―― それはアイドルへの共感のようなものですか。

サエキ たとえば山口百恵とかね。本物の人間が大衆の願望を吸い上げて理想のアイドルに昇華していくプロセスとも似ているんじゃないかと。最初はね、ちょっとイモっぽい中学生だったわけ。百恵ちゃんは。それが、「こうなって欲しい」という欲望を吸い上げて、ああいうキャラクターになっていった。案外、初音ミクだってそういうものかもしれない。生身の人間が苦しみながらアイドルになっていくのに対し、それを人工的に吸い取る装置としての初音ミクというアイドルが登場したのかもしれない。皆さん、いろんな形で初音ミクに関わっているのに、バラバラな感じがしない。どこかに向かっているんじゃないかな。

―― ボカロのキャラは、身長や年齢も含めて、もともとは製品の仕様のようなものだと思うのですが、自由にキャラ付けができるUTAU界隈から見てどうですか?

耳ロボP UTAUは最初からイメージを作っていけるので、その点は違うと思います。でもボーカロイドのキャラクターが、色んな人が描いてもイメージがバラバラにならないというのは、後付けの要素も大きいと思いますね。たとえば初音ミクのネギは、発売後に誰かが付けたものですよね?

―― ああ、なるほど。

耳ロボP パッケージの絵は最初からあったものですが、徐々にアイデンティティーを作っていって、皆がそういうもんだと思っている可能性はあります。

―― ごく初期から初音ミクを使われているkihirohitoさんはどうでしょう?

kihirohito 私は初音ミクを使っているとは言っても、少し変わったことをやっているので、一般的な話にはならないと思うのですが。ボーカロイドのキャラクターに歌わせるということについては、正直言って、あまり思い入れのようなものは持っていないです。そんな答えでいいのかな?

―― その代わりソワカちゃんがいる、ということですよね。

「ソワカちゃん」

ぶっちぎりP マンガでもゲームでも、作品を作っている人の頭の中では、キャラクターが勝手に動き出す瞬間がある。それは自分と切り離された、別の人格を捉え直していくことなのかなと思います。それを聴いている人も共有しているのかも知れませんね。

―― 楽器だからキャラクターはなくてもいいという話もあるけど、ないとそういう部分は成り立たないですよね。たとえばヤマハ純正のボーカロイド、あれ何でしたっけ?

みろんP 「VY1」ですね。

ぶっちぎりP あれで作り手側が勝手に歌いだすイメージを持つことはできると思うんですが、それが視聴者に意図として伝わるかどうかは、また別の話で。いい演技をしていれば、知らない役者でも「これは誰?」ということになると思うんですが、名が知られている役者とはワケが違うということですよね。

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