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氷川竜介の「ファンなら目を鍛えて楽しめ! アニメ高画質時代」 第1回

大人なんだから、そろそろまじめにアニメを見なさい

放送だけじゃ満足できない!高画質アニメを堪能する方法

2010年11月23日 12時00分更新

文● 氷川竜介(アニメ評論家)

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ファーストガンダムは、たった80色で塗り分けられていた

── 最近のアニメを見ていると、逆光を使ってドラマチックなシーンを作るなど、非常に凝った演出が加えられていますが。

氷川 それは撮影によるものですね。アニメの物語空間に観客をどう引き込んでいくか。観客が手がかりにするのは、「色」と「光」と「空気」の表現です。「光が空気を透過して反射したものが色」というのが本質なので、三位一体と言えなくもないです。

 人間の視覚は大体この3つの組み合わせで、湿った空気なのか、乾いた空気なのか、いま何時ぐらいなのか、色温度の違いで室内にいるのか外にいるのか……など、印象を判断しています。これがストーリーと密接に結びついて、感情表現になるわけです。

 わかりやすい例だと、同じ別れ話でも、「真夏の光」と「夕暮れ」の下では受け止める感情が違ってきますよね。日本の2Dアニメはアナログの時代から、連綿と努力を重ねてこの種の空気と光を撮影で追い込んでいます。それがデジタル時代の撮影、実際には「コンポジット(合成)」の工程でさらに進化しています。

 デジタルになって大きく変わったことは、使える色がほぼ無制限になったことです。

 もともとアニメで使われる色はすごく限られていて、初代の『機動戦士ガンダム』で80色、スタジオジブリの劇場版でも500色ぐらい、普通の劇場作品では300色ぐらいの絵の具でまかなってきました。要するに、アニメは256階調のGIFファイルと同じくらいの色数で表現してきた世界なんです。

 その限られた絵の具の時代から「色変え」という手法があって、これがデジタルになってやりやすくなったんです。

デジタル化で“色を使った演出”がやりすくなった

氷川 アニメの色指定は「ノーマル」と言って、普通のデイライト(6000Kぐらい)の光源下で見える色をまず指定します。それが室内(白熱電球の下)だったら色温度を下げてオレンジっぽく暖色にするし、ナイトシーンならブルー系の寒色に落とす。場合によっては心情表現と合わせてグリーン系に振るなど、演出効果にも使います。

 こうした「色変え」に使える色の選択肢が飛躍的に増え、調整がしやすくなったんです。アニメーションの背景(美術)は、舞台劇と同じようにシーンごとに細かく照明を意識した色味が設計されています。これは「夜の四畳半の孤独を描くシーン、それならば……」と美術の担当者は、その時間や場所、感情にあった色を考えて背景を描くわけです。

 同時に、手前にいるキャラクターの色彩設定は別の専門家がノーマル指定をベースに、背景の色味を加えて変えていきます。シーンごとにそうすることでなじみもよくなるし、キャラがその場にいるという臨場感が出てくる。これもデジタルでやりやすくなってます。

 さらに色指定の達人だったら、光の当たっている部分だけを色変えしたりなど、デリケートな照明のコントロールをするでしょう。それが光源と空間、つまり空気を意識した拡散光などの撮影効果の連携で、さらに高度な表現となる。こういう細やかなコントロールは、1カット1カットが作りものであるアニメが得意とする表現です。

 2008年に劇場公開された『交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』はノーマル色がほとんど使われていない作品で、ラストだけノーマルの色彩になる。緑がかった色彩を意図的に選択して重い不安と緊張を強いた後で、抜けるような青空の色にして感情を弛緩させる。今やそんな全編にわたるような演出にも利用されているんですね。

同じHDでも、テレビとBDでは大違い

── このようにこだわって作られたアニメの作品だから、やはりそれを忠実に再現できる環境で見たいという話につながっていくと思います。例えば、色の再現性とか、コントラストとかいろいろな要素がありますが、そのために覚えておきたい知識はなんでしょう。

氷川 まずはHDについて正確な知識を持ちませんか、というところから始めたいですね。

 たとえばブルーレイという言葉にも細かい違いがあるのに、「ブルーレイにしたから大丈夫」みたいな誤解があるんじゃないでしょうか。地デジに切り替えてBDレコーダーを買えば、確かに放送を記録したブルーレイのライブラリーが作成できますが、「これでソフトと同じものが焼けた」っていうのは、大きな間違いです。

 すでに放送画質だけで見ても、地上デジタルとBSデジタルでビットレートが異なっているわけです。制作された情報を電波として飛ばしたとき、すでに捨てざるを得ない情報があるということです。

 ハイビジョンという言葉にしても、あるスペックを満たしている規格全体を指すから、ひとつではないですし、そういう理由で市販のブルーレイディスクと放送で提供されているコンテンツの情報量はかなり違うんですよ。

ガチで鑑賞したいなら「24p再生」は絶対に追求すべし

── 地上デジタルのビットレートは17Mbps、BSデジタルは24MbpsのMPEG-2。横方向の解像度も違います。さらにブルーレイになると、倍以上(30Mbps超)のビットレートのAVCで保存できますから、それだけでも解像感や圧縮時のノイズに大きな差が出るわけですよね。

氷川 そうなんですよ。そしてアニメファンならビットレート以上に気にしてほしいのがフレームレートです。

 アニメにとって一番いいのはやはり24p(毎秒24コマのプログレッシブ)で観ることなんです。過渡期でテレビ・プレーヤーメーカー各社のアプローチに差がありますが、24p再生は絶対に追求してほしいです(編註:24pの再生には、対応するプレーヤーとテレビが必要)。

 アニメの作画はもともと、映画と同じで24コマを基準に制作されているので、放送波で使われる60i(毎秒60コマのインターレース)にした時点で、1/60秒あるいは1/30秒のタイミングで、コマのズレが生じているはずなんです。

 NTSCの規格では、512本ある走査線を互い違いに(インターレースで)表示します。このフィールドが2枚重なって1フレームとなる。テレビ放送のコマ数をフィールドを基準に示す場合は60i、フレームを基準に示す場合は30fpsとなります。

 24コマ基準で作られているアニメを60コマに変換する際には、2:3プルダウンなどの手法を用いて、24コマのうち最初の1コマを2つのフィールド、次の1コマを3つのフィールドといった形で互い違いに割り当て直す必要があります。

 でもその結果、動きにごくわずかだけどズレが生じてますから、1コマと1コマの間に生命をかけているアニメクリエイターたちにとっては、かなり大きな問題なんです。劇場では1秒24コマの映写機で「本物の動き」が観られることを考えると、テレビはひどい言い方をすれば「贋作」になっているんですよね。

 つまり、「制作したママのコマ=フィルム」で観るのがアニメファンの醍醐味とするなら、放送ではなく24p収録のソフトを買うしかないわけです。

 コンテンツが24pか60iかはコマ送りで確認したり、受像器側の信号表示で確認する必要がありますが、少なくとも劇場版のアニメなら、映画館にかけるためにデジタル制作だろうとセルアニメだろうと基本的に24コマがマスターですから、24pで収録されているはずです。

 テレビアニメーションの場合は過渡期で微妙なところがあります。24pの編集機材は高額なので、60i/30fpsで編集した作品も多いようです。今後は変わっていくと思いますが。

 旧作のビデオグラム販売では、すでにSD/60iで制作されてしまったデジタルアニメのソースを、どうHD時代に対応させていくかという課題があります。

 これは最近の流行ですが、キュー・テックのようなポストプロダクションスタジオにSD/60iのマスターを持ち込み、24pが崩れないように組み直し、崩れたところは補正した商品も出始めています。各社こぞってHDの24pに変換しようとしていて、今後は24p主流で間違いないということは、明らかに60iは品質的に「劣る」ということなんです。

 結論めいたものを言うと、テレビ放送はマスターから変換されたものしか放送されていないという時点で、画質が劣化しているのです。ハイビジョンは解像度が高く、(ユーザーが受け取る)情報量が多いために騙されやすいのですが、テレビ放送を録画しただけで「最高の画質が手に入った」と考えるのは大きな間違いなんです。

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著者紹介:氷川竜介

アニメ評論家。技術的な視点からのアプローチを得意とし、宇宙戦艦ヤマトからストライクウィッチーズまで硬軟自在に語れるアニメ・特撮界の生き字引。アニメ・特撮全般のみならず、AV機器への造詣も深い。主な著書に『世紀末アニメ熱論』『20年目のザンボット3』など。また、BD・DVDや映画パンフレットなどの解説原稿も多数手がけている。公式サイト:氷川竜介ブログ

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