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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第6回

大事なことは絶対言わない、言わせない

直球で「愛」とは言わない! 背中で語るアニメの美学 【前編】

2010年10月09日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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本人が、自分のことを語ってはいけない

―― 「ナイトレイド」の第5話「夏の陰画」にお話を戻しますと、愛玲の、西尾への思いを表すセリフも印象に残りました。

第5話「夏の陰画」脚本から

愛玲 「……あの人はね、夏のようなの」
葛  「夏?」
愛玲 「激しくて危うくて……一緒にいるとこちらがバテてしまいそうになる。でも、去ってしまうと、また……」
葛  「……」
愛玲 「あなたもどこかでそう感じているんじゃない? (空を見上げ)……馬鹿みたいね。夏は必ず去っていくのに……」
(第5話「夏の陰画」脚本より)

―― 愛玲が「あの人は夏のよう」と語った後に、「去ってしまうとまた……」と続く。でも「また」の後に来るであろう「恋しくなる」みたいなセリフには口にしないという。

大西 ええ。言わないで表現できれば、それが一番いいと思うんです。お約束な言葉みたいになっちゃうと、自分でも引いてしまうというか。聞かせどころのセリフというのは、自分で書く分には嫌ですね。

 普通に現実では言わないだろうみたいなセリフを、ぽっと言って感動するというのがちょっと好きではなくて。できれば、日常の会話で言うような他愛のない言葉でも、「このシチュエーションだからこのセリフが生きてくる」みたいなことが理想だと思うんですよ、ライターとしては。

―― じゃあ、「感動的なセリフ」は、書いてはいけないと?

大西 セリフだけで感動させようと思って書いてはいけないと思います。シチュエーション作りが大事で。脚本作りのキモというのは構成だと思うんですよ。でも、それは昔からシナリオの世界では言われていることなので、私だけが特別何かしているということはないんです。だから、偉そうに語っちゃっていいのかな、なんて(笑)。

 「俺はこういう人間なんだ」「アイツはこういうヤツだ」ということを、セリフで言わせることはできるだけ避けるようにはしてます。

 「夏の陰画」は、西尾という人間を、お客さんにどう見てもらうか、という話だったと思うんですね。その解釈はご自由にお任せしますということで、具体的に描くよりは、いろいろな解釈ができるという書き方にできればいいなと。見る者の角度によって見え方が違ってくるようなものになってくればいいなという気分で書いたのは確かですね。

―― その人を決めるのは、当人ではなくて周りである……というようなことですか。その周りをかためていくものが脚本だと。

大西 そういう部分もちょっとあると思いますね。「私はこういう人間である」と周囲に認識してもらうための説得力というのは、本人が唱えるものじゃなくて、周りがそのように思ってくれるように構成して演出していくものじゃないかなと。それは脚本だけじゃないのかもしれないですね。

(記事後編につづく)


■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)

 1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。

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