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「内面化」に向かうWebの課題と解決案 (3/3)

2010年09月03日 10時00分更新

文●長谷川恭久

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Webの「内面化」から開放する提案

 人は、他人との間に距離をとって「パーソナル・スペース」という快適な空間を作ることがあるが、今の私たちは自分にとって快適な情報のみを取得する「インフォメーション・スペース」を作り出している。インフォメーション・スペースは自分の趣向に合った情報が浮遊する空間であると同時に、不快な情報から身を守る壁と捉えられる。以前から誰でもインフォメーション・スペースは持っていたが、Webの登場により自分の趣向に合った人や情報に出会える接点が増え、スペース自体が広がった人もいる。一方で、機能の発展とカスタマイズの手軽さからスペースが作り出す壁は強固なものになった人もいるだろう。Twitterのタイムラインを見ても分かるように、Retweetを通して自分が考えても見なかった情報が入ってくる術は残されているとはいえ、Retweet元をブロックして外からの情報を遮断できる。

好きなものは受け入れ、そうでないものを除外するパーソナル・スペース

 Web技術やサービスがこうした自分趣向のインフォメーション・スペース作りを助長した部分はあるものの、元々人がもっている欲望や怠惰な部分がWebの進化や使い方に多大な影響を及ぼしたのではないだろうか。広大でオープンな空間の中に人々がそれぞれの領域を作り出している今のWeb。私たちはこのまま自分たちにとって都合がよい情報や人に囲まれながら暮らしていくだけなのだろうか? ティム・バーナーズ=リーが提唱したさまざまな人たちの意見に耳を傾けられる「多様性があるWeb」はもう作り出せないのだろうか? 

 内面化が進む私たちのWeb利用を広げるための方法はいくつか考えられる。

1. 言語

言語の違いから伝わらない情報は少なくない。その違いから情報を受け取ることを遮断してしまうこともあれば、理解はできても返答ができないこともある。言語は、その言葉を発する人々の背景や視点を理解する上で欠かせない存在だ。言語が違えば考え方も異なるし、情報の伝え方も変わってくる。つまり、言語の壁を超えることは、その人が発している情報を理解するだけでなく、その人の立場を理解するキッカケを与えてくれる。

 情報発信者の思いを繊細に汲み取るには、話し手の言語を覚えるか翻訳者の存在が不可欠になるが、自動翻訳で補助できる領域も増えている。また、低価格かつ迅速にできる翻訳サービスも国内外向けにいくつかある。母国語を超えることで今までにない発見もあるだろう。

2. サプライズ

 テレビ、新聞、雑誌といった旧媒体の魅力は、総括的に物事に触れられる点にある。自分が欲しい情報だけでなく、出会うまで興味を持つとは思わなかったものまで、あらゆるものが詰め込まれている。特に何か情報を探していなくても気軽に手にとれる敷居の低さがあるからこそ、何かに出会ったときの喜びが大きいのかもしれない。情報量はWebのほうが格段に上だが自分の趣向に合わせてカスタマイズができるがゆえに、こうした旧媒体に見られるサプライズや気付きに出会う機会が少ない。

 ショッピングサイトなどに「おすすめ」という機能があるが、これも私たちの趣向や行動履歴、そして他の会員の履歴と照らし合わせて表示させるものなので、大きなサプライズや視野を広げるきっかけになりにくい。正確に趣向に合ったストライクゾーンの情報を提示するのではなく、ストライクゾーンぎりぎりであったり、ストライクに近いボールを投げてくる情報が必要だったりする。何か思いもよらない『出会い』をどう演出するかは技術的な部分だけでなくデザインにも関わるだろう。

3. 社会との関わり

 最近、『ソーシャル(社会)』というフレーズがよく使われている。だが、実際には限りなくパーソナルに近い自分趣向の社会が目の前に展開しているのが現状だ。スクリーンの前にさまざまなネットワークが広がってはいるものの、50メートル先で起こっていることは知らないこともある。自分の地域に特化したコミュニティは数多く存在し、そこでは有益な情報が行き来しているとはいえ、自分の作り出したネットワークというフィルタがかけられ、いくらでも拒否できる。しかし、私たちが住む地域や社会は、趣向が合わないから切り離すわけにはいかない。

 公共機関のWebサイトは数多く存在するが、それらは人々がWebを利用している場とは離れた場所に孤立している。地域の今を知る術もWebで公開されていない場合もあれば、数か所に点在する情報を組み合わせて意味を持たせる作業がユーザーに課せられている場合もある。いまだWebでの選挙活動ができない日本は、他の先進諸国に比べて数歩送れている状態だ。まだ社会とWebとの距離がある今だからこそ、この距離感を縮めることでユーザーがもつインフォメーション・スペースに新たな領域を築けないだろうか。

あなたのインフォメーション・スペースはどうですか

 趣向に合った情報を効率よく取得できることがWebの特徴だ。さまざまなデバイスやサービスを利用して自分のインフォメーション・スペースを確立するのはいいが、あまりにも心地よいばかりにスペースの外に出なくなっていては、Webのもうひとつの特徴である多様性に触れる機会を失いかねない。心地よい場所に長く居ることで、他の意見や視点を受け付けられなくなる可能性もある。もちろん、そうならないようにもできるが、今日多くの人が利用しているデバイスやサービスは自分の趣向に合ったインフォメーション・スペースに居座りやすい環境を作り出している。

 前に挙げた「言語」「サプライズ」「社会との関わり」のほかに内面化を食い止める方法はあるだろう。現存の技術やサービスの使い方次第で解決できることもあるかもしれない。今後、さらに多くの人がさまざまなパーソナルデバイスを通してWebにアクセスするからこそ、作り手として、そしてひとりのWebユーザーとして考えて行かなければならない課題だ。


著者:長谷川恭久

著者近影

デザインやコンサルティングを通じてWebの仕事に携わる活動家。Webとデザインをキーワードに情報発信をしているだけでなく、各地でWebに関するさまざまなトピックで講演を行なったり、多数の雑誌で執筆に携わる。自身のサイトでデザインやテクノロジーに関するコラム・エッセーを配信中。 http://www.yasuhisa.com/could/
http://twitter.com/yhassy

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