8月3日、電子書籍の勉強会が開催された。講師役となった慶應義塾大学SFC教授でコンセプターの坂井直樹氏の知名度、また関心が高まっている分野ということで各方面からの参加者が多く、早々に満員御礼となり、参加者同士の交流も、通常の立食パーティとは比べものにならないくらいに活発だったのが印象的だ。
もっとも、「こうすれば電子書籍は売れる」という答を期待していた人には少々不満だったかも知れない。ベンダー主催のソリューションセミナーとは異なり、電子書籍には正解がまだない。ただ、参加者との議論を通じて、電子書籍で何が問題になっているのかはだいぶ整理できた気がする。どんな会話が交わされたのか、論点ごとに整理して紹介しよう。
電子書籍フォーマット
プレーンテキストやHTML、PDF以外に、Amazon Kindle(AZW)EPUB(IDPF)、.book(T-time)、xmdfなどが乱立し、日本ではメジャーでない海外のフォーマットも含めれば、20種類程度はあるようだ。出版社は既存のデータを大急ぎでPDFや.book、AZW形式に変換しており、データ変換を請け負う会社に勤務する参加者は「とても忙しい。フル稼働の状態」と言っていた。ただし、「たぶん、忙しいのは今年まで。来年は暇になると思います。こんなこと出版社の人には言えませんけど」とお酒の入った様子。
デザインなのか、技術なのか
イノベーションを起こす企業の創業者は得てしてデザイナーであり、同時に技術者だ。ポルシェ博士もスティーブ・ジョブスも。では、電子書籍でイノベーションを起こすのは誰だろうか。技術として考えれば、テキストと画像、映像、音声を組み合わせた真のマルチメディアコンテンツが生まれるのが電子書籍のメリットだろう。坂井氏からは、「ピカソのゲルニカは10秒見るだけでも伝わるものがある。それに対して小説は数時間かけないと理解することが出来ない。」という小説家の平野啓一郎さんの意見も紹介された。紙の書籍では、「残りページがこんなに少ないのに、まだ解決していない伏線がこんなにある。いったいどんな風な結末を迎えるんだろうか?」という左手(縦書きであれば)の感覚に基づく体験ができる。こういう本の「厚み」をページ数やスクロールバーでではなく、視覚的に表示するような移行期の試みがあってもよいだろう。既存の書籍、雑誌を変換することについては、「書籍のノド(綴じてある側)の部分の空間が間延びしてしまい、単なるデータ変換では作品世界が壊れてしまうのに、出版社の人はわかっていない」と不満を漏らす書籍デザイナーの参加者がいた。
一方、坂井氏からは、「(電子版の)WIREDは20MB もある。3Gではダウンロードできない。わざわざWiFiを使い、ダウンロードに時間がかかることを、あほらしいとは思わないのかな?」というホリエモンの言葉も紹介された。参加者の中にも、「電子書籍をインタラクションの方向で発展させるとゲームとぶつかり、映像の方向で発展させると映画とぶつかる」という意見があった。画像や動画と組み合わせる技術的可能性はよしとして、では画像や動画は誰がどんなコストで制作するのだろうか。「マルチメディア」という技術的可能性は、作家1人のクリエイティブコストで制作できる「書籍」という作品形態と矛盾しているのかもしれないことは考慮しておくべきだろう。
坂井氏からは「単に今の紙の上での小説の形を、そのままウェブ上に移し替えるだけには止まらないはずで、特に、最初からウェブ上で小説を読み、書く習慣が身についた世代が作家になる頃には、七面倒くさい情景描写をするくらいなら、画像貼った方が早いじゃんと思う人も出てくる」という予測があった。いままでの作家が本の重みを利用してハラハラ、ドキドキ感を演出していたのだとしたら、電子書籍時代の作家は外部リンクやBGM、flickrから挿絵的な画像、YouTubeから動画を引用するなどして、「電子書籍」という作品形態にふさわしい表現方法を模索することから始めなければならないのだろう。
誰が電子書籍を読むのか
電子書籍の議論で抜け落ちているのは、どんな読者が電子書籍で何を楽しむのか、という論点だ。坂井氏からは、「今の学生は本を読まないし、人の話を聞かない。テレビも見ていない。ところが自分の意見をいうのは大好き」という現役大学教授ならではの若者像が語られた。文庫小説が1冊で数時間分のエンターテインメントを提供しているのだとしたら、電子小説の読者は数時間かけて読むことに集中できるだろうか。参加者の中には「電子書籍はWebを利用する習慣のない、比較的高年齢層をWebの世界に呼び込むための仕掛けと考えた方が見誤らなくて済む」という意見もあった。
時間の奪い合い
人は誰でも、大人も子どもも大金持ちも貧乏人も、毎日24時間という時間を与えられる。それまで電車の暇つぶしに雑誌を読んでいた習慣が携帯ゲームに置き換わったら、二度と雑誌を読むことには割かれないだろう。デジタルネイティブ世代が「紙」というメディアの形態を嫌っているのではなく、本を読むために限りある時間のうちの何時間分も使いたくない、と感じているのなら、電子書籍は過渡期のメディアとして消えゆく運命にある。角張ったデザインが主流だった自動車に、丸みを帯びたデザインを持ち込んだ坂井氏は、「電子書籍で何が□→○なのかは難しい問題」というが、「音楽をアルバムというパッケージではなく、1曲ごとに購入するiTunesのもたらした変化がヒントになる」ともいう。「書籍」や「雑誌」というパッケージで情報を購入するのではなく、ユーザーのロケーション情報や購入履歴、検索キーワードなどによって、情報を切り出して提供する「マイクロコンテンツ」の考え方は、情報を編集し、加工して販売してきた出版社という業界の未来にも、大きな影響がありそうだ。