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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第122回

電子書籍でも失敗を繰り返すメディア業界の「ガラパゴス病」

2010年08月04日 12時00分更新

文● 池田信夫/経済学者

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繰り返されるガラパゴスの失敗

 同じようなことは、10年ほど前にBSデジタル放送でデータ放送を行なうときにも起こった。通信ネットワークでデータを送るフォーマットとしてはHTML以外に考えられないのに、日本の放送業界はわざわざBMLという独自規格をつくり、ウェブと互換性のない放送を始めたのだ。その最大の理由は、マイクロソフトがHTMLでやっていた「ウェブTV」を日本から排除するためだった。

 このため日本のデータ放送は、ハードウェアから海外とまったく違うものになり、FrontPageのようなオーサリングツールもないため、放送局は1セット300万円の「オフコン」を買わなければならなかった。マニュアルもなく、ARIBの300ページ以上ある仕様書を読まないとコーディングができなかったので、BMLのプログラマーは全国で数十人だった。BMLを使ったデータ放送「イーピー」も解散し、放送業界もようやく2007年になってHTMLベースの「アクトビラ」に転換した。

 電子出版も、同じような結果になるだろう。電子出版はまだ市場がはっきりせず、アマゾンやアップルのような突出した企業がリスクを負って市場を創出しないと、ビジネスそのものが成り立たない。官民の協議会で、みんなのコンセンサスで進めようとすると、何年かかっても事業は始まらない。

 ウェブ上のコンテンツは無料が当たり前になっているので、電子書籍は高い価格をつけられない。だから従来の出版業の延長ではなく、中間のインフラを省いた効率的な方式でやらないと、採算には乗らない。高波氏のいうように「現在の出版・流通システムを守る」という発想では、データ放送のようにビジネスそのものが立ち上がらない。

 このように繰り返される同じ失敗をみていると、日本のメディア業界は「ガラパゴス病」にかかっているとしか考えられない。それは心理的にはわからなくもない。今まで「日本語の壁」に守られてきたメディアにとって、圧倒的な資本力と英語の力をもつ外資は恐怖の的だろう。しかしグローバル資本主義に抵抗しても、それに勝つことはできない。縮小してゆく日本の市場を守っても、先細りになるだけだ。

 こうした「鎖国カルテル」を結ぶ人々は、読者のことを何も考えていない。読者にとっては日本製か外国製かなんてどうでもよく、多くのいい本が安く読めることだけが問題だ。紙の本を守るために高い価格をつけ、不便なDRM(デジタル権利管理)でガチガチに守られた本は、読者に見捨てられるだけだ。出版業界も死ななきゃわからないのだろうか。

筆者紹介──池田信夫


1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退社後、学術博士(慶應義塾大学)。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラブックス代表取締役、上武大学経営情報学部教授。著書に『使える経済書100冊』『希望を捨てる勇気』など。「池田信夫blog」のほか、言論サイト「アゴラ」を主宰。

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