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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第8回

国際ブックフェアに見る、電子出版と印刷会社

2010年07月16日 09時00分更新

文● まつもとあつし

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“黒船”の海外企業に代わって存在感をみせつけた大手印刷のブース

インタラクティブな表現を印刷所が付与

 今回のブックフェアにはアップルやアマゾンといったいわゆる「黒船」の本丸が出展していない。彼らがイベント参加者の誰もが想起する「陰の主役」とすれば、今回のイベントで一躍表舞台に躍り出たのは、大手印刷会社だ。

 Googleエディションの発表に続き、9日にはDNP(大日本印刷)・トッパンの印刷業界の2強が発起人となった「電子出版制作・流通協議会」の設立が発表された。プラットフォームに縛られない「オープンな水平分業型の事業モデルを推進」するという。

 ではなぜ、印刷会社が電子書籍に対しての取り組みを強化するのだろうか?

 著者が執筆し、出版社で校正・編集したデータは、印刷会社に送られる。これまでは、そこから印刷、製本という作業なされてきたわけだが、そこに電子書籍フォーマットへの出力という流れが加わる。

トッパンブース展示資料。入稿に使われることが多いInDesignのデータを、中間形式(XML)データに変換し、そこから、各種フォーマットに出力する

 出版の出力フォーマットはこれまで「紙」だった、今後はiBooksでも採用されるEPUBや、Kndle向けのAZWなど、あらゆるフォーマットに対応すると謳っている。また、トッパンでは「コンテンツ・クリエイティブラボ」を設立し、電子書籍ならではのインタラクティブな表現を与える試みも実施していくという。

 出版社からすれば、新たなスキル・ノウハウを必要とせず従来の工程で電子書籍化にも対応が可能になるのが利点だ。

 なお、出版社側に新たな費用が求められるのではないかという質問に対して、ブース担当者は「これまで印刷機を回した分だけの費用を出版社に対して求めてきたが、それと同じ考え方で電子書籍にも取り組んでいく。出版社に新たなイニシャルコストを求めることはない」と答えた。

 もちろん、コスト次第ではあるが、電子書籍を従来とは別の工程で制作するか、それとも既存の印刷会社で制作するかの選択肢が出版社に与えられることになる。


印刷会社は“全方位対応”に踏み切った

 一方、DNPでは、「本との出会い」をコンセプトとしたブース展示を行なっていた。

 DNPグループでも、電子書籍フォーマットへの対応を進めているのはもちろん、コンテンツがネット上で細分化されて販売されることを見越し、ASP型の著作権契約・印税管理サービスの提供を始めている。冊数単位での印税計算から、記事や写真など一コンテンツ単位での権利処理が必要になってくることを見越したシステムといえる。

 また、DNPは丸善・ジュンク堂などの大手書店チェーン、図書館流通センター、ブックオフなどをグループに抱えている。印刷分野に限らず、流通・販売といった消費者に近い場所でも様々な取り組みを行なえるのが強みだという。

DNPブースの「松丸本舗」「本座」の展示コーナー。松丸本舗が展開されている丸善はDNPグループの、そして本座を運営する編集工学研究所は丸善の資本傘下にある

 「読書がソーシャル化する(読書体験がユーザー間で共有できる)」というテーマからは、編集工学研究所が運営する「ISIS本座」は電子書籍化の流れを受けて、気になる存在だ。

 本を起点としたコミュニティサービスを展開しており、特定の本の読書メモを共有することによって、ソーシャルグラフを拡げていこうという趣旨になっている。現在はいわゆる紙の本が対象と成っているが、担当者によると「今後は、DNPグループが推進する電子書籍も取り込んでいきたい」とのことだ。

 「検索や、購入履歴だけでは出会える本が限られてきてしまう」と担当者は語る。電子書籍が対象に加わることによって、本のタイトルだけでなく、本の中身や気になるフレーズを起点とした新たな本や読み手との出会いが生まれるようなサービスになるのかどうか、注目しておきたい。

 いずれにしても、二社の共通点は何らかのデバイスを出したり、独自フォーマットを提案している訳ではない点だ。つまり、この連載でも繰り返し指摘しているように、何らかの特殊フォーマットや、アプリに依存してしまっては、書籍のソーシャル化といった大きな目標だけでなく、流通チャンネルを自ら絞り込んでしまうことにもなりかねない。

 印刷会社がオープン/マルチプラットフォームを支持する方針を示したことは、今後日本の電子書籍の進展を前進させる動きだと評価したい。このような判断ができるのも、コンテンツの中身には拘らない印刷会社の性質と、資本力によるところが大きいと言えるだろう。

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