何億もの声が顕在化しうる可能性が「billion voices」
―― 最近よくDommuneに出られてるじゃないですか。こないだNATUMENのメンバーとの即興はすごかったですけど。
七尾 あの日は、いま一つモチベーションが定まらないままで……。久々に打ち上げで落ち込みました。奏者は最高だったんですけどね。山本達久くんと、加藤雄一郎さん。何度も演ってみたい2人です。
―― えっ、あれでアベレージ以下なんですか。見ている方はアガりまくったのに。そういえば演奏にKAOSSILATOR Proを使われていて、ああいうディバイスも即興に持ち込むのかと興味深く見ていたんですが。
七尾 ああいうガジェットは好きですね。ここ10年のコルグって本当にとがってるというか、誰でも音楽が作れるレベルにまで敷居を下げようとしてきてる。当然それで損なわれていくものもあるだろうし、賛否もあるでしょうけど、でも俺は圧倒的に肯定したいです。
―― おお、これコルグの人たちは読んでるかな?
七尾 ちょっとASCII.jpっぽい話題でしたか? いや、俺もこういう情報が知りたくてよく読んでいるんです。
―― ありがとうございます! そういえば今回のアルバムは動画の再生画面を模したジャケットですよね。
七尾 特殊なパッケージで、ジャケットは動画の再生画面のようにくり抜かれていて、そこにいろんなカードが紙芝居のように差し替えられるんです。
―― アルバムの内容も前半のネット的な状況を導入にして、どんどん私的な内容に降りてきて終わるという、今までの旅人さんにはなかった構成だと思いますが。
七尾 まさにおっしゃられた通り、冒頭はシアトリカルな構成になっていて、登場人物がたくさん乱舞するような状況。でも「あたりは真っ暗闇」あたりを境にして、シンガーソングライター然とした感じになっていくっていう。意図的にそうした部分もあるんですが、曲を並べていくとそういう構成しか取れなかったんです。
―― 前作の「911 Fantasia」(Amazon.co.jp)とのつながる部分はありますか?
七尾 「911 Fantasia」にはおじいちゃんが孫に言う「楽器なんていらない。音楽家なんて要らない。あらゆる命は、あらかじめ音楽なんじゃ。わしらは皆、音楽なのじゃ」というシーンがあるんですけど(disk-2、tr.6「甘美なる」)。
―― はい、ありましたね。
七尾 「billion voices」というのは、そうした何億もの声が顕在化しうる可能性をはらんだ、今という時代を肯定したいって意味なんです。ただ、実際には先進国の一握りの人間が享受できているだけで、完全ではない。地球上のほとんどの人間は、自由に好きに発信できてはいない。でもその可能性をはらむ現状況を肯定しながら、次を考えていきたいという気持ちが込められているんです。
―― そこに今回の「one voice(もしもわたしが声を出せたら)」が呼応するわけですね。「お前も歌えるよ」という曲ですが。
七尾 そうそう。「one voice」は地球上をピンスポットがドーッと回って、たまたま光があたった先にこの子がいた、って感じの曲です。でもそれは誰でもいい。たとえばYouTubeやUSTを観ると、中東で母ちゃんが子守唄で子供をあやしていたり、アメリカの田舎でおっさんがドラムを練習していたり、女子中学生がDJして、PCの前の大人を踊らせたりしています。時間も距離も超えて、さまざまな立場の人々が日々生成し続けるアーカイブに、僕自身も感動し、勇気をもらい、影響を受けているという現実がある。
―― 前作の構想時にはまだ一般化していなかった状況ですよね。
七尾 今は沢山の人がパーソナルメディアを持っています。その中の「60億分の1」として自分の声を定義すると、やっとパーソナルな歌を歌えるようになった。それが前作からの変化で。俺の前作って、ぜんぜんシンガーソングライター然としていないじゃないですか。
―― そもそも、ほとんど歌ってなかったですよね。
七尾 でも、同時に、ここ10年であれほどシンガーソングライター的な内省が詰まった作品も少ないと思うんですよ。体裁としては、何人かの登場人物が対話しながら、深層に降りていくというもの。河合隼雄じゃないけど、ある種、箱庭みたいに※。それは、ストレートな一人称では捉えきれないものを描こうとした結果そうなったのですが、10年以上かかって今回やっと脱せた。それは一種の成長かなと思うんですけど、僕の個人史だけでなく、お話したような時代の現状況も関係している気がします。
※ 河合隼雄 : 心理学者。「箱庭療法入門」(誠信書房・1968年)などで、箱庭療法を日本に紹介。文化庁長官などもつとめた。2007年に逝去
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