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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第58回

低消費電力CPUと言えば、忘れちゃいけないTransmeta

2010年07月05日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/)

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Transmetaの製品ロードマップ

Transmetaの製品ロードマップ


大成功を収めたTM5600/5400
日本メーカーのノートに多数採用

 ちなみに、TM3200が消えたもうひとつの理由は、本質的にCrusoeのアーキテクチャーが「組み込み用途に向いていなかった」ことも関係する。上で書いたとおり、Crusoeはすべてのx86命令をいったんCMSを使い、独自のVLIW命令に変換して処理することになる。従ってソフトウェアからは仮想x86 CPUが動いているように見えるわけだが、この仮想x86は単に命令のみならず、割り込み処理もCMS経由で処理していた。

 この結果、リアルタイム処理が必要なアプリケーションでも最悪実行時間(WCET:Worst Case Execution Time)が保障できない(そもそも最悪実行時間が不明)、という困った特性を持っていた。TM3200の性能は組み込み向け用途としては十分なものではあったが、「速い時には十分速いが、遅くなるととことん遅い」という特性は、やはり通常の組み込み用途には非常に使いにくい。結果、インターネット端末のようなPCに近い性格の製品程度にしか採用されず、そうなると今度はTM3200では性能が不足する、というわけだ。

 そんなわけで、5ヵ月後に2次キャッシュを512KBに増量した「Crusoe TM5600」が登場すると、ノートPCはTM5600を、インターネット端末はTM5400を使うといった形になり、自然とTM3200は消えてしまった、といっていいだろう。

 ちなみにTM5600/5400、当初は500~700MHzの製品をリリースするとアナウンスされたが、実際には500/533/600/667MHzの4種類のスピードが用意された。もっともこれは公式なもので、実際には733MHzのTM5600を搭載した製品も存在する。CrusoeはAMDやインテルのCPUのようにソケットに装着するタイプではなく、基板に直接実装する製品だから、機器メーカーの意向が反映されやすかったとも言える。

CASSIOPEIA FIVA

2001年に登場したカシオのCrusoe搭載ノート「CASSIOPEIA FIVA」

 さて、このTM5600/5400は大成功だった。国内でもソニー/富士通/NEC/カシオ/日立といったベンダーがノートPCに採用しており(日立のみインターネット端末)、IBMまでThinkPad 240の筐体を流用した試作機を展示(最終的には採用には到らなかった)するといった形で、非常に広く利用されたからだ。ベンチャー企業でここまで広く製品が採用されたケースは、そう多くないだろう。

 端的に言えば、TM5600を公式に出荷開始した(実はTM5400とほぼ同じ時期にサンプル出荷されていた)2000年後半が、同社の絶頂期とも言えた。この1年後、同社は絶頂から絶望のどん底に叩き落されることになる。その理由は、続く「Crusoe TM5800/5500」(関連記事)の出荷遅延である。

Crusoe TM5800

Crusoe TM5800(右)、左はTM5600


Crusoe TM5800/5500の出荷遅延で大打撃を受ける

 TM5600/5400はIBMの180nmプロセスで製造されていたが、後継製品ではTSMCの130nmプロセスを使い、より高い性能を引き出す予定だった。このTSMCの130nmというのは、同社が初めて銅配線を採用したプロセスであるが、このプロセスがまたトラブルが多かった。主要な要因は「Copper Contamination」(銅汚染)と言われていた。

 当時はアルミ配線を使って半導体回路を製造していたが、より高速化を図るためには銅配線の方が好ましいことはわかっていた。ところが銅は半導体製造の過程でシリコンの表面などに拡散・付着しやすく、これをうまく解決しないとそもそもまともにチップが製造できない状況だった。

 たとえばVIA Technologyの場合、「C5Cの製造プロセスが(0.15/0.13μm)という不思議な表現になっているが、これは配線に150nmのアルミ配線を使い、トランジスターは130nm世代のものを使う、という折衷型プロセスである。いかに当時のTSMCの銅配線が問題が多かったかわかろうというものだ。事実、このC5Cにあたる「Ezra」コアのC3は、特に製造に起因する遅延もなく、問題なく出荷されていた。

 もっともTM5800/5500の遅延に関しては、単にTSMCのみならず、Transmeta側の設計にも問題があったとも言われている。と言うのは、「同じ130nmの銅配線を使っても、もう少し早く出荷を開始できた製品もあったらしい」からということだが、このあたりはすでに藪の中である。

 ただこの遅延のために、第1世代の製品に続いてTM5800/5500を搭載した第2世代製品の出荷を予定していた国内PCメーカーは、すべて予定変更を余儀なくされる。その結果、ほとんどのメーカーがCrusoe搭載製品の出荷を取りやめてしまい、Transmetaの売り上げは急減速する。下のグラフは、2000年~2002年における同社の四半期毎の売り上げである(単位:百万ドル)。

Transmetaの2000~2002年の売上高

Transmetaの2000~2002年の売上高

 2000年第1四半期はともかく、そこから2001年第1四半期までは爆発的に売り上げが増えている。ところがそこから急ブレーキがかかり、2001年第4四半期に至っては3ヵ月の売り上げが100万ドル(約1億円強)まで下落している。それでも、TM5800/5500が登場した2002年2月以降は多少持ち直しているが、もう2000年~2001年にかけて見せた勢いが完全に失われていることがおわかりいただけよう。

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