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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第1回

アニメでも箱庭は作らない 「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」監督に聞く【前編】

2010年07月17日 12時00分更新

文● 渡辺由美子

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少しピリッと感じる幸せ

神戸 「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」で描こうと思ったのは、女の子たちが障害のない「箱庭」的な世界で楽しく暮らしているということではなくて、考えようによっては悲惨な状況下にいる中でも希望を失わない、その結果としてのほのぼのであり、幸せのあり方なんですね。

―― 劇中で描かれる幸せというのは、ちょっと難しくてほろ苦い感じがします。 印象的だったのが、若い頃に自分の元を去った男性の帰りを待ち続けたおばあさんの話(第10話)でした。いつか迎えに来るという約束を信じていた彼女は、ある日、家を飛び出して雪の中へ消えていったという。

待ちわびた恋人が帰ってきた――あの頃の姿のまま扉を開け駆け出していく。そうして「おばあさん」は雪の中に消えた(第10話)

神戸 あれは、スタッフの知人から聞いた話で、一部は実際にあったことなんだそうです。フランスの田舎町で家を造っているおばあさんがいて、ある時、はだしで森の中へ行って消えてしまったという。映像的にも合うかなと思って入れてみたのですが。

―― その時、カナタの言葉でありましたね。「幸せだったときの思い出があるから人は生きていける」と。監督は、幸せの1つだと捉えたわけですね。

神戸 あのセリフは(脚本の)吉野さんが考えたところですが、本人が幸せだと思っていれば、それで幸せでしょうということですね。「当たり前」というものは人によって違う、ということなんだろうと思うんです。幸せのあり方も。

 以前僕は、一番上の叔父から空襲の話を聞いたことがあって。叔父は大きな川のそばに住んでいたんですが、みんな焼け出されてしまって、水を求めて川に行くんです。でも川には死んだ人がごろごろしている。川で転がっているたくさんの死体は、もう人ではないような扱いを受けていたという。

 そうなると感覚がまひしてしまって、その光景が「当たり前」のものとして見えてくると叔父は言っていました。

 叔父に話を聞いたのは葬式の場だったんですけど、「こういうふうに葬式をしてもらえる今というのは、すごく平和だよな」と言っていたのが、すごく印象に残っています。

目に見えているものによって「当たり前」は異なるというメッセージも込めた

―― 葬式ができるというのは、平和ということなんですね。

神戸 ですね。そのとき叔父の話を聞いて思いました。父親のイチゴのぬすみ食いの話も、いつもお腹がすいていたと思えば大変だったと思うんですけど、それを「遊び」と捉えてしまうところが僕らの感覚とはまた違いますよね。何度か僕に話すくらいだから、楽しかったんでしょうね。食べられるし、幸せだしというのが。

―― 幸せというのは、人それぞれだと。

神戸 と、思いますね。人に言ってもわからないことでも、自分が幸せだと感じたら、その瞬間は幸せなんだという。

 僕なんかも、今考えると人に言ってもわかるかなという「幸せ」があって。「風の谷のナウシカ」のときに制作進行をやっていたんですが、あのころはひたすら寝るのが楽しみでした。あまり寝られないので(笑)。寝るときのその瞬間が、一番幸せでした。

 やっぱり「実感」できるかどうかだと思うんですよ。幸せも、作品づくりも。自分の実感が一番大事だと思いますね。

(インタビュー後半につづきます)


■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)

 1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。

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