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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第1回

アニメでも箱庭は作らない 「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」監督に聞く【前編】

2010年07月17日 12時00分更新

文● 渡辺由美子

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「地続き感が欲しかった」

―― 穏やかに観ることができて、なおかつ深く考えることもできる作品にする。そうしたところからはじまった「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」ですが、監督はどのような方針を決めましたか。

神戸 最初の話し合いで「地続き感」が欲しいという話が出て、僕もそれは面白いと思ったんですね。

ファンタジー世界で「地続き感」を出すために悩んだという

―― 地続き感?

神戸 たとえば「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」を観ている方が、カナタたちが住んでいる世界の5年後とか、5年前を想像できるような感覚ですね。そのほうが物語に説得力が出るし、親しみを持ってもらえるということで。

 一番最初に僕が「地続き感」について思ったのは、「現実感を出す」ということでした。それであれば、舞台は現代の日本にした方がいいのかなと。だから舞台になる街というのも……今、この窓からは中央線が走っていてたくさんの住宅が建ち並んでいて学校もある、そんな風景が見えるんですけれども……そうした現実にある風景にした方がいいんじゃないか、と提案したんです。

 でも「それではファンタジー的な色合いが出ない、舞台は現代日本のままではないほうがお客さんへの引きが強いんじゃないか」という声も出た。ファンタジー世界の中で現実感をどう出すのか、という話になっていったんですね。

 そんなとき、脚本の吉野弘幸さんが、たまたまテレビで世界遺産の番組を見ていて、ピカッとひらめいて提案をされたという。それがスペインの城塞都市クエンカとアラルコン要塞で。ああ、これは面白いと。

 現実にある地域をベースに舞台を作る。日本とは地続きでありながら、異なる文化を持つ国である。この辺りが良かったんですね。じゃあ、みんなで行こうか、というノリで話が決まって、ロケに行ってきました。

 神戸監督らスタッフは、「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」の舞台作りのためにロケハンを実施。スペインのカスティーリャ・ラ・マンチャ地方にある城壁都市クエンカ、アラルコン要塞、ガラス工場、セルバンデスの家などを回った。最終的に、物語の舞台になるセーズの設定は、欧州と日本を折衷した文化を持つ街に決定した。これも「地続き感」を意識してのことだった。

城壁都市クエンカ

ガラス工場

―― 実際に現地に行ったことで、「ファンタジーの世界に現実感を出す」ということは可能になりましたか。

神戸 ええ。体感するというんでしょうか。特にクエンカというところは、アラブに占領されていた時代というのがあって、いわゆるヨーロッパとはちょっと毛色が違うんですね。木造建築もあったりして。それから、恐らくいろんな都合でできたんでしょうけど、床が斜めになっている建物もあるんです。立っていると感覚が変になるんですけれども。でも現地の人は、そのまま使っているんですよね。おおらかな土地なんでしょう。斜めの床というのは、その場に立たないと感覚としてわからない。

 アニメの中で、斜めの床は直接再現することはなかったんですけれども、一緒に作品を作る人が現場で同じものを見ているというのは大きいです。セットデザインを描いた青木(智由紀)さんもそうですし、美術の甲斐(政俊)さんも、脚本の吉野さんもみんな一緒に行ったので。

―― 実際に行ったのと行かなかったのでは、どこが一番違ったと思いましたか。

神戸 リアリティーのあり方が変わってくると思いました。ドアノブの形とか、ちょっとしたディテールなんですけど。ドアノブが真ん中についているんです。これはどうやって使うんだろうと、僕らは首をひねるわけなんですが。

 日本だとありえないドアなんだけれども、でも現地の人は当たり前に使っている。リアリティーを出すときに、この「当たり前」という感覚をつかめたのは大きかったですね。こちらから見ると不思議なものなのに、その人たちにとっては「当たり前」という。わあ、珍しいじゃなくて、別に驚かないという。

 ロケの後に、「地続き感」とは何なのかをもう一度考えたんですけど、お客さんに「自分が体験していなくても、実感してもらえること」ということだろうと思いました。たとえ架空のファンタジー世界でも、変わったドアノブの形を「当たり前」のものとして認識しているカナタたちが生活している、その生活感を出すことで地続き感は出るんだな、と。

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