非実在青少年。東京都青少年健全育成条例の改正案に登場した、年齢設定が18歳未満である少年、少女のキャラクターを意味する言葉だ。東京都側はおそらく意図しなかったのだろうが、この単語はキャッチーに過ぎた。その結果、多くの人々がこの条例改正に関心を持つこととなってしまった。
この「非実在青少年」に焦点を当てたムック本が生まれた。5月31日発売の『非実在青少年◆読本』(徳間書店)である。問題点がよくわかる藤本由香里準教授、山口貴士弁護士へのインタビューのほか、クリエイターたちの考えが伝わってくる吾妻ひでお氏×山本直樹氏×とり・みき氏の座談会、ちばてつや氏のコミックエッセイ、115人のクリエイターから集めたアンケートなど、盛りだくさんの内容となっている。
そこで今回は、編集を担当した「月刊COMICリュウ」編集長の大野修一氏にご登場いただき、告知からわずか1カ月半ほどでの緊急出版を決断した理由、本書に込めた思いなどを語っていただいた。20年以上も漫画・アニメ・SFの編集者として活躍してきた大野氏は、条例改正案に対してどのような考えをお持ちなのだろうか。
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“手塚の末裔”として本にしたかった
3月15日に藤本由香里準教授が漫画家などを集めて記者発表会を開く数日前、大野氏はこの問題をネットで見かけると、まとめサイトを読みふけった。読んで瞬間的に『本にしたい』と思いついたという。
自らを「ジャーナリストではなく編集者」だと自認する大野氏は、「この問題をなるべく面白そうな本という形にして、少しでも多くの人に手にとってもらいたい」と考えた。何が起きたとかどんな意見があったかなどの最新情報は、すでにネットに載っている。そうではなく、クリエイターたちの考え方がわかる本にしたいと考えて、今のような形にした。
「漫画やアニメに係わって生きている“手塚(治虫)の末裔”を集めてこの本を作ることが、やはり“手塚の末裔”のひとりである編集者としての自分の役割と感じた」と大野氏は語る。
手塚漫画では、キャラクターが成長を夢見て、傷つき、死に、SEXをする。それこそが人生であり重要なことと感じるからこそ、“非実在青少年は性的であるべきではない”という改正案の主張に大野氏は異を唱える。
東京都はすべてのクリエイターとファンを敵に回した
これまでも表現規制はなかったわけではない。ゲームはゾーニングして販売され、漫画は有害図書指定を受ける。しかし、今回の改正はそれを超えていた。これまではゲームや漫画、アニメなどに対する個別の規制だったのが、創作物全体への規制が行なわれたと感じたのも、本を作った理由のひとつだ。「漫画への規制だけだったらこの本を作らなかったかも」と大野氏。
ネットを調べていくうち、漫画に係わる人たちだけではなく、多くの分野の人たちが改正に反対しているのを感じた。そこで、漫画・アニメ・ライトノベル・評論家など、なるべく多くのジャンルから人を集めてアンケートを採った。「改正案を作った側はエロ漫画や一部のアニメやゲームなどを個別に叩きたかっただけだろうが、知らないうちにクリエイターやファンすべての地雷を踏んでいたのだと思う」。
3月末に審議延長が決定した際に企画書を通すと一気に動いた。6月の再審議の前には出そうと、スタッフを集めると通常業務と兼任で作っていった。局長が面白がって「やれやれ」と言ってくれたり、社内の人間が「東京都が質問回答集を出した」と教えてくれたり、興味を持って協力してくれる他部署の編集者も多かった。
クリエイターの内面は不真面目ではない
「漫画を読んでいないで勉強しなさい」。子どものころ、保護者にそう言われたことがある人は多いだろう。一般の人たちにとって、漫画やアニメは知らず知らずそういう位置づけになっているのではないか。
「普通の人たちにとって大人になっても漫画やアニメやゲームに関わっているクリエイターは『真面目に生きていない人』と思われているから、こういう規制があるのではないか」と大野氏は推測する。
だからこそ、規制される側の人たちに内面を自分の言葉で語ってもらう必要性を感じた。「アンケートを読めばクリエイターは不真面目でも非常識でもないことがわかるはず」。
大野氏がつきあいのある漫画家の間でも、改正問題は話題に上ることが多かった。漫画家のとり・みき氏も、「ばかばかしいと思ったら本気なのか」と驚いていたという。「我々からしたらばかばかしいのに、規制側の人たちが本気なのは、両者の価値観の間に大きな溝があるからではないか」と大野氏は考える。
批評家の東浩紀氏は、一般人にとって大人になっても漫画やアニメやゲームが好きなオタクは違う世界の人種で、だからこそ理解できない、怖い、気持ち悪いと思うのだろうと語っている。気持ち悪いと思われるままにならないためには、気持ち悪いと思われている側からコミュニケーションしなければならないという考え方だ。
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