史上初! 地球圏外天体からのサンプルリターン
こうして1995年「MUSES-C」計画の概算要求が行われ、翌1996年に計画はスタートする。ISAS宇宙探査計画ではおなじみの「プロジェクトマネージャ」「プロジェクトサイエンティスト」といった役割分担によって、目的地となる小惑星の選定や搭載機器の計画と開発などが行なわれていった。
サイエンスとエンジニアのリーダーが協力してミッションを遂行
藤原 基本的には工学ミッションですから、工学メインの目的なんですが、とはいえ初めての小惑星サンプルリターンなので、サイエンス全体をオーガナイズするという役割を担いました。どんな機器を搭載するか、というところから始まって、どんな探査対象を選ぶかということまで。そして観測機器が決まれば、その責任者をアサインしたり、人集めも行ないます。
探査が始まれば、工学チームに対して、サイエンスの側からさまざまな主張を行ないます。アメリカ側の人も入ってましたからね、もちろん川口さんも一緒に。オーストラリアもサンプルの分析に関わってきますからオーストラリアには何回か行きました。
細かいことだと、地球外の物質サンプルがいくつか入ってくるわけですから、プラネタリーカランタイン(惑星検疫)にも対応しておかないといけない。法的に規制があるというわけじゃないけど、世界的な暗黙の了解があるんですよ。
COSPAR(国際宇宙空間研究委員会/コスパール)という組織と相談して、外からの天体のサンプルを持って帰ったり、こちらから行く場合にも対象天体を汚さない、そういうことに関する相互理解を深めていくんですけどね。その方針に一致しているか精査したり。
安部 宇宙研には、サイエンスのリーダーとエンジニアのリーダーがひとつのミッションを作っていくという文化があって、それは「はやぶさ」ミッションも同じです。川口先生がエンジニアのリーダーで、藤原先生がサイエンスのリーダーということですね。
「はやぶさ」装備の数々
MUSES-Cに搭載されることになった主要なミッション機器は、推進機関であるイオンエンジン、レーザ高度計(LIDAR)、近赤外線分光器(NIRS)、蛍光X線スペクトロメータ(XRS)、広角カメラ(2台)、望遠カメラ(AMICA)などの観測機器(カメラは航法用を兼ね、航法用途の場合はONC-Tと呼称)、そして小惑星接近用の目標として開発され、プロジェクト応援企画「星の王子様に会いにいきませんか」キャンペーン参加者88万人の名前を刻んだターゲットマーカ、小惑星サンプル回収装置「サンプラーホーン」と採取した試料を封入・地球へ送達する「再突入カプセル」、小惑星探査小型ローバ「ミネルバ」などがある。
藤原 当時、30代くらいの若い人が多かったですからね。チャレンジングなミッションだと、若い人は元気出すんです。安全安全と考えていくと、機器も片方がダウンしたら、それを補うためにもうひとつ余分なもの積んでおこうとか、そんなふうになっていきますよね。すると今度は、全体の質量も大きくなって、飛ばせなくなってしまう。そのあたり、かなりリスキーなことを覚悟でやってますね。
1990年代後半――2回変わった「はやぶさ」の目的地
「はやぶさ」の作成が行なわれている間、NASAが開発・搭載する予定であった超小型ローバーSSVの開発中止や、当初の目的地であった小惑星ネレウスから1989MLへの変更などがあった。さらに、打ち上げ予定が2002年7月から延期。目標天体は1989MLからもう一度変更され、1998年に発見された小惑星1998SF36(後にイトカワと命名)になった。
イトカワは計画開始後に発見された
藤原 目的地変更には、重量に対して、到達できる範囲に入らなかったなど、いくつかの理由がありました。とにかくひとつ逃すとその次までだいぶ待たないと、次の探査対象が出てこない。最終的に目標となった小惑星の1998SF36ですが、この1998というのは1998年に発見されたということです。
要するに計画スタートのときにはまだ見つかってなかったんですよ。まだ新しい天体を安部くんがうまく見つけてきた。彼は観測をやってましたからね。こんなのどうだろう、と提案してきたんです。
安部 正確には私が提案というわけではないですけれども、そのころ、山川先生(元MUSES-C軌道計画、M-V-5号機軌道計画担当 山川宏教授)が、小惑星の軌道要素、形であるとか大きさであるとかいったパラメータを入力すると、行きやすい小惑星を選ぶプログラムというのを開発されたんです。いつ打ち上げて、いつ到着させると、どのくらい燃料を食うか、といったような計算を行なうものでした。
私はもともと小惑星の観測が好きで、初めて見つかった新しい小惑星のデータを探してダウンロードしてきて、山川先生のプログラムをお借りして、行きやすい小惑星を探すという仕事を少しやってたんです。当時の学生さんと一緒に。新しい小惑星が出た、となればそのアウトプットを山川先生のところに持って行って、「こんなに行きやすいのがありますよ」と紹介していました。その中に1989SF36もあったのです。
そのときは、明るさやだいたいの大きさはわかっていましたけど、軌道はあくまで仮。すごく誤差が大きいんですよね。だから正確に軌道を求めるには追加の観測もしなくちゃならないし、初めて見つかった小惑星がどういった素性なのか、表面はどんな物質か、自転のスピードは……などなど世界中の観測をやっている人たちへ呼びかけてデータを集める仕事もやりました。
それで、最終的にイトカワ――当時はイトカワではありませんでしたが――山川先生と川口先生、お二方がさらに細かい計算をして、探査機が何とか行けるという決定になったわけです。私が見つけたというわけではないですけど、見つけるきっかけになるような仕事には関わっていたわけですから、嬉しいというかラッキーというか、愛着がありますね。
イトカワが地球に衝突する可能性!?
藤原 ついでにいうと1998年というのはね、「アルマゲドン」と「ディープインパクト」、天体衝突に関係する映画が2作品公開された年なんですね。ディープインパクトでは、小惑星ではなく彗星がぶつかるんですけど。そういった、地球に対する脅威対策、スペースガードへの関心が高まって、アメリカでも議会で取り上げられたりした。可能性のある天体を常時モニターする施設にもお金が投入されて、観測が盛んになった。
「はやぶさ」のミッションは、直接そういった調査を目指すものではないけれど、衝突の危険がある天体がどういうものか、どんな構造かといった調査は必要ですよね。回避するためにどれくらいのエネルギーを投入すれば軌道をそらすことができるかとか。
吉川 「はやぶさ」は、もともとはスペースガードとは関係なかったんですけど、イトカワも地球にぶつかってくる可能性がある天体のひとつなので、初めて実際に地球にぶつかる可能性のある天体を調べた、という意味では、スペースガードの世界でも評価されることになりました。
可能性のある天体を見つける、見つかったら衝突の危険を回避する、両方で研究が進んでいますが、衝突回避の方法として、ミサイルかなにか撃ち込んで破壊する、なんていうのは全然だめです。ばらばらの状態で大きな破片が地球に落ちてくるだけ、余計処置できなくなってしまいます。
今、考えられているのは、壊さずにちょっとだけ軌道をそらす方法です。相手が直径100m程度の天体であれば、衝突の30~40年前とかかなり早い段階で発見しておいて、それこそ「はやぶさ」くらいの大きさの探査機を高速でぶつけて軌道をずらせば、長い間にだんだん軌道のズレが大きくなりますから結果的に衝突コースから外れます。
まあ、こういう方法が一番現実的なわけですが、それを行なうにはまず対象の構造を把握しておかないと、どこに何をぶつけるべきか見当もつきません。そこで、「はやぶさ」のデータが重要になったんです。
さらに、もっと大きな天体の場合は、「はやぶさ」ひとつぶんくらいの衝突では軌道が変わらないので、いくつもぶつけるか、あるいは表面で何らかの爆発を起こすか……そういったことにも今後、「はやぶさ」のデータは応用していけますね。
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