1部500円で文庫本がつくれるBCCKSモデル
―― 投獄中にわかったように、ウェブメディアは紙メディアとはまったく性質がちがうわけですよね。BCCKSであくまで「本」の見せ方にこだわったのはなぜですか。
松本 ラーメン好きのブログがあったとしますよね。5年間ずっとラーメンばっかりだったのに、ある日のブログではかつ丼を食べていた。ブロガーの中では「たまたまかつ丼だった」のに、その日はじめて見た人は「ラーメンブログなのにかつ丼?」と感じる。ウェブは思考のためにはいいツールなんです。でも、他人に見せるのには合っていない。
―― なるほど。ウェブというのが「思考をまとめる」ためのインターフェイスなら、本は「他人がそのひとの思考をまとめて読む」ためのインターフェイスなんですね。
松本 聖書のころから本という形は変わりませんから。だから本にこだわった。Kindleをはじめて手にしたときも、「あ、いい判型だな」と思いましたよね。何年後かにはそういったものを「本」と呼んでいるのかもしれない。その中に、ブックス文庫という「紙」の発想があってもいいだろうと。出力先の違いなんですよ。
―― ウェブでまとめた思考をまとめる本、というコンセプトはよくわかりました。ブックス文庫は「BCCKSを出力した形」の1つなんだと。岡田さんも「BCCKSユーザー」にあたるわけですね。にしても、オンデマンド印刷はけっこうたくさんありましたよね。どの辺りがブックス文庫の新しさなんでしょうか。
松本 安いんですよ。48ページ、モノクロだと1冊500円でできるっていう。
―― ご、500円ですか? 本作るのが? 1部だけでも?
松本 はい。カラーともなると、2000円超えちゃうこともありますけどね。
―― 十分安いですって。なんでまたそんなことができるようになったんですか。
松本 印刷所が本気になってくれたってことですね。500円というのは本当に底値だと思います。紙もインクもこれ以上安くはできない。2~3年前、試しに見積ったら(一部)8000円だと言われてて。こりゃしばらくできないなと思ってたんですけど。
―― いや本気って……すごいの一言ですけど。BCCKSでは写真賞なんかをやり、スポンサー広告をもらうモデルだったわけですよね。その収入を少し印刷所に?
松本 それはありません。ただ、天然文庫というレーベルにはモリサワさん※が協賛してくれています。モリサワの書体で、モリサワがチューニングしているプリンターを使って、モリサワが開発したiPhone向けのビューアー用に文庫のデータを配信するという形ですね。
―― モリサワさんが関わってるんですか! 今までも、本でっせー、みたいな顔をしたオンデマンドブックというのはありましたけど、そこまで本腰を入れた「本物」というのは初めて聞きました。
松本 BCCKSではInDesign※のサーバーを使ってるんですよ。印刷所に渡すときはPDFデータにするわけですけど。基本的にはXMLをInDesignに落としこんだものを使ってるんです。なので印刷物は「本物」なわけです。安いですけどね。
※ モリサワ : 本や雑誌などに使う書体(フォント)をつくっている日本の会社。フォントを使って遊べるインターネットのゲーム「フォントパーク」なども(リンク)
※ InDesign : 本や雑誌などをつくるために使う、デザイン用のソフト。写真編集ソフト「Photoshop」などを手がける米アドビ社がつくっている。BCCKSではインターネット上に設置された「InDesign」のシステムを利用。「インターネット用にデザインしたもの」を、「紙用にデザインしたもの」に変換している