iPadの影響? 明らかにならない自殺の理由
富士康(Foxconn)の問題のひとつに警備員による暴行が絶えないと聞く。「北京富士康保安殴打員工」という動画は、文字通り、富士康北京工場で警備員が労働者を暴行する映像であり、その雰囲気が生々しく伝わってくる数少ないコンテンツである。
またロイターの記者が深セン本部の写真を遠巻きに撮影しようとしたところ、機密保持のために警備員が暴行しようとしたという話もある。去年には第4世代「iPhone」の試作機の1台が紛失し、社内での尋問の末に自殺者が出た。iPadやゲーム機など設計図を漏らそうものなら世界的に大騒ぎになるものを生産しているだけに、秘密保持には富士康は神経を尖らせているのだろう。したがってAppleやiPadと関係があるのでは、という説も多い。
飛び降り自殺を図った労働者の2人は生存しているが、自殺をしようとした動機を尋ねるインタビュー取材に口を閉ざし続けている。今や中国最貧省となっている貴州省の農村部での暴動ですら、携帯電話で現場の状況をレポートしているのに、この事件では内部の話題が上記の動画くらいしか出てこない。
中国最大のEMS工場と世界を代表するIT企業らが絡む事件だけに、原因が明らかになれば中国側もIT企業側も無傷で済むわけもなく、真実が明かされなくても不思議ではない。
中国一というステータスを得た富士康だが安泰ではない。金融危機以降、Appleをはじめとした企業が、より安価な量産を強いている可能性をメディアは示唆している。もし発注側が不満なら生産先はどこにでも変えられるという圧力が富士康には常にかかっている。金融危機の一方で、中国での物価上昇や最低賃金の上昇もある。富士康の自殺者続出は、中国が世界の工場を続けるのに限界が見えてきていることを意味しているのかもしれない。
それにしても富士康による、日本のイメージの低下が恐ろしい。
こと5月に入って、週1以上のペースで、新聞やネットやテレビで、富士康(Foxconn)飛び降り自殺のニュースを嫌でも見聞きすることになるわけだが、当然事件に興味を持って注意を向けたり、ネットでじっくり事件を学ぶ人もいれば、聞き流す人もいる。
後者のほうが圧倒的だからこそ、「富士康」という台湾企業のニュースを聞き流して、その後筆者に対し「なんで日本企業はそんなに中国人労働者を酷使するんだ」と質問を受けた。
一部ではあるが、ネットユーザーが掲示板に「富士康は日本の軍事会社だ」なんて勝手に怒る書き込みも。また頑なに日本の企業と信じ、日本の労働基準法を学び「日本なら労働基準法に違反するから日本に富士康がないんだ」とゴリ押しの解釈をするブログ記事も。
質問してきた相手には、一言「よくニュースを見ろ、あれは同胞の企業だ」と言えばそれで収まるが、どれだけ勘違いしている人が中国全土でいるのだろうか、どれだけ勝手に日本の印象が悪くなるのだろうか。困ったものである。
山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で,一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。当サイト内で、ブログ「中国リアルIT事情」も絶賛更新中。最新著作は「新しい中国人~ネットで団結する若者たち」(ソフトバンク新書)
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