それは果たして「電子書籍」なのか?
しかし、そのいくつか出版されているiPhoneアプリ版(独自ビューワからコンテンツを呼び出すタイプのもの)の作品や、iPadのデモでよく提示される「Alice for the iPad(不思議の国のアリス)」などを見るに、どうも違和感がぬぐいきれないのが正直なところだ。これらは本当に私たちが望んでいる「電子書籍」なのだろうか?
筆者はここまでのインタビューや考察を通じて、電子書籍は次の3つの要件を満たさなければならないのでは無いかと感じるようになった。アイザック・アシモフのロボット三原則にならって、「電子書籍の三原則」とでも名付けたい。
電子書籍の三原則
- 所有され同期されること
- 検索・引用可能であること
- ソーシャルな読み方ができること
藤井氏のインタビューにあったように、本を所有する感覚はとても重要だ。複数デバイス間での状態を同期できれば、利便性として正当な対価の裏付けとなるし、2番目に挙げた検索可能性を高めることにつながる。
パピレスが発表した「貸本」という消費スタイル、あるいは国が進めている電子図書館では原則として本文検索を行なうことができない。このような検索機能を有していないサービスと違い、「所有」して手元でいつでも検索し、引用できることは大きな差別化ポイントといえる。
そして、その検索・引用可能性が、3番目に挙げたソーシャルな読み方の提供には不可欠だ。例えば、本の特定のページの内容に対して、読者がコメントを入れて議論を深めるといった具合だ。ニコニコ動画の読書バージョンともいえるだろうか。
電子書籍について識者がパネルディスカッションを行なったePub Dayにおいて、TeckWaveの湯川鶴章氏は、「すべての本はソーシャルメディアになる」と主張した(関連記事)。それに対して、「執筆という極めて個人にひも付いた創作活動はソーシャルではあり得ないのでは」という反論も聞かれる。
この議論も、ニコニコ動画での創作のプロセスから考えれば、決着点が見えてくる。ニコニコ動画における映像制作自体は、極めて個人的な活動だが、そこから生まれた作品に対して、様々なコメント・タグが付与されることによって刺激となり、二次的なものも含めた次の創作につながっていく。
読書という行為に対しても、同様のプロセスが起こりうるはずだ。本自体、あるいはその創作作業自体はソーシャルにはなかなかなり得ないが、本を囲む「環境」はそうなるべきであるし、そのほうがずっと楽しい。
連載の第3回では「未来の書店像」を取り上げた。大型書店・中小規模書店両方をイメージした未来像を紹介したが、いずれも、著者や、書店員、他の読者とのコミュニケーションで本の選び方や読み方が拡がるというのが共通テーマであった。リアルな書店のそれはバーチャルな楽しみ方になっていくだろう。
電子書籍とは、単に紙がデジタルに置き換わるのではなく、利用とそこから生まれるクリエイティブも次の段階に押し上げるべきものであるはず、とここまでの連載を通じて感じている。
その観点からは、現在一種ブームになっている「電子書籍アプリ」はそのごくごく初歩の段階にいるにすぎない。もちろんそれは「小さくて大きな一歩」だが、そこがゴールではないことはしっかり認識しておく必要がある。
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