モバイル時代にふさわしいネットワークと制度設計を
最大の問題は、本当にFTTHは必要なのかということだ。一昨年、EU委員会の通信規制の担当者に話を聞いたとき驚いたのは、EUの統計にFTTHという項目がなかったことだ。欧州では、FTTH(FTTP)は業務用のインフラで、銅線に代わるものとは考えられていない。銅線は接続点さえ補修すれば半永久的に使えるし、VDSL(超高速デジタル加入者線)は100Mbps以上出る。ムーアの法則が、FTTHを無意味にする可能性もある。
アメリカでも、FTTPのサービスを行なっていたベライゾンは1800万世帯(全世帯の16%)でサービスを打ち切り、AT&TはFTTC(中間点まで)しか光化を行なっていない(終端はDSL)。全世帯の30%にFTTHを提供しているNTTは、世界でも群を抜いて積極的に光化の投資を行なっているが、それも採算がとれなくなり、当初の3000万世帯という目標を2000万世帯に下げ、それも実現は困難とみられている。光ファイバーは人口の90%で利用可能だが、実際には30%しか使われておらず、過剰設備・過少利用になっている。
その最大の原因は、ユーザーの通信利用が急速に無線に移っていることだ。特に若い世代では、固定回線を使ったことがないというユーザーも多い。iPadなどのタブレット端末の登場で、この傾向はさらに強まるだろう。つまり光ファイバーは無線基地局の中継系になると予想される。今の周波数割り当てのままで利用可能な帯域を増やすには、無線LANやフェムトセルやマイクロセルなどのエリアの狭い基地局を増やして同じ周波数を繰り返し使うしかない。FTTHはアクセス系であり、中継系の代わりにはならない。それを山間部や離島にまで引くのは無駄である。
つまり孫正義氏も指摘するように、無線周波数は決定的に足りないのだ。これを3倍にすることも、今のままでは困難だ。2011年7月のアナログ放送の終了後に利用可能になる帯域は上り下り合わせてもわずか75MHzと、現在の帯域(450MHz)の2割にもならない。テレビ局が占拠して使っていないホワイトスペース(約200MHz)も、携帯端末に使えるかどうかはわからない。この割り当てはまもなく決まる予定で、そうなると向こう10年は動かせない。
1985年の電電民営化のときは「市内網と長距離網の分割」が議論になったが、それを10年越しの論争の末、NTTの持株会社として部分的に実現した1997年にはインターネット時代になっていて、電話時代の分割は意味がなくなっていた。そしていま起きている変化は、固定から無線へのパラダイム転換である。電話網にあわせて分割したNTTのいびつな経営形態が通信ネットワークの効率化を阻んでいるように、いま固定網にあわせてネットワークを分断すると、全国に無駄な通信インフラを建設する結果になる。無線通信に最適化した新しいネットワークを構築するとともに、電波を最大限に開放する制度設計がもっとも重要である。
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