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佐々木渉×浅井真紀 ロングインタビュー

初音ミク Appendに託された「ものづくりの心」

2010年05月12日 14時00分更新

文● 広田稔

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「わけの分からないものを出したかった」

── 今回、Appendを出すことになった背景を教えてください。

佐々木氏

佐々木 まず最初に、「VOCALOIDがソフトウェアとして、今後、変化していく中でわれわれが考えなければならないことは何だろう?」という自問自答から始まっています。

 VOCALOIDに関わる中、音声合成の研究者の方の公演などを聞く機会も増えて、感情表現や同一人物の異なる声色に関する研究などを知りました。「クリプトンならストレートに声のサンプリングでチャレンジしていく道を考えるべきでは」と考えるようになり、実験を始めたんです。それがAppendにつながります。

 Appendで何がやりたかったといえば、マルチレイヤーされたVOALOIDの試作、つまり1人の声から複数の表情を引き出すということです。ただ、それを実現するにはハードルがありました。


── それは何ですか?

佐々木 今までは「データーベース1〜2つ」=「VOCALOID製品パッケージ1つ」という考え方で製品を作ってきたわけです。そこから外れれば、制作費がかさんで商売として成り立たない可能性がある。時流を見ても、価格は上げられません。

 しかし、「3個、4個にしました」というのでは、微妙にインパクトが薄い。ならば思い切って、周りに迷惑をかけてでも「6個入り」という切り口で、チャレンジしてみようと思ったんです。

 VOCALOIDのデーターベース制作においては、会社にあの手この手で「前作が売れたので、次も今までにないようなアプローチで製品を作らせてください」とか、「よりインパクト重視でやらせて下さい」といった具合にお願いをし続けている状況です。VOCALOID開発班では「成功したので自分達に対する評価を増やして下さい」ということはせず、新製品のアプローチがこなれるまで、できるだけ、チャレンジを続けたい、費用対効果のバランスより「見え方」を重視したいという一貫した意思があります。

 でないと、今のご時世、長く製品を維持する事が難しい状況になることも考えられますから。いつまでも続けられるとは思いませんが、僕はクリプトンの企業活動において、許される範囲で「わけの分からない」アプローチを続けたいと思っています。


── わけが分からない、というと?

佐々木 例えば、数ある企業でも、これだけ動画共有サイトの中で、ユーザーの方々に愛用していただいて露出している製品はほかにないですよね。この時点で前例が無く、結構「わけの分からない」状態だと思っています。その影響下で製品を作るわけですから、営利一辺倒ではなく、ユーザーが可能性を感じてくれるような「わけの分からない」要素が必要だと思いました。我々のチャレンジであるのと同時に、そこには自由な解釈につながる可能性を残したかった。

 VOCALOID2エンジンの範囲で、やり過ぎ感のあるチャレンジがしたかったんです。結果的に6個のVOCALOIDを作りましたが、それぞれ録音して編集したのでそれなりの手間がかかりましたね。

浅井 事実上、VOCALOIDを6本分を作るわけですからね。

佐々木 社内からも「1年もかけてやった仕事を1パッケージにまとめていいの?」とか「3つずつ2本にしようよ」といった声が聞かれました。もちろん企業=営利ということは大前提ですが、それでも出したかったのは、どうしてこういう仕様にしたのか分からない、意図がつかみにくいモノを出すことが重要だと考えていたからです。

 今、情報やモノはあふれまくっていて、似通ったものも多く、ひとつひとつはドンドン埋もれていく。その中で、スルーされる情報が沢山あると思うんです。

 まだ読んでない雑誌でも、見出しだけで「どうせ書いてあるのはこんなことだろう」とイメージして、実物に直接触れずに情報を自分の中に収めていく。ある種「ノイズ除去」のような感じで存在感がフィルタリングされて、インパクトの弱い商品は淘汰されることもあると思うんです。

 そんな時流の中で、普通ではない「意味が分からない空気感」とか「禍々しい雰囲気」は存在感を発揮できる──、スパイスになると思うんですよ。

 6つのデータベースを1本にまとめるとか、正直、自分でも「何でこんなことしているのだろう」と感じるところはありました。新製品ではなく初音ミク「Append」という切り口だからいいけれど、一歩間違うと、新製品が作りにくくなって自分で自分の首を絞めてしまう。ただ、皆さんの反響をおうかがいすると、Append(=追加パッケージ)に比べて初音ミク本体相当の価格が割高であるという意見も多く、一概には考えられないな……という側面も認識しております。


── 消化試合ではなく、全力投球で取り組んだ1本だ、ということですね。

佐々木 自分達の成長のためにも、ギリギリのところで物事を考えて制作したいと思っています。そうすると、この「つかみどころ」のない時代で何とか次にいこうとする実感が湧くからです。

 北海道の札幌にあるクリプトン・フューチャー・メディアという中小企業が、「VOCALOID2 初音ミク」を出して、よくも悪くも旧来のビジネスとは違うことをしようとした──。そんな印象が悪い方向に行かないように注意しなければいけない。

 また、地方にあって少人数で小回りが効くのなら、ユーザーに対する反射速度を上げて、ニーズからズレないVOCALOIDのデータベースを作りたいという気持ちがあります。前例のない「わけの分からない」状況であっても前向きにチャレンジしますよ、っていう。


── 「わけの分からないものを出したい」というのはクリプトンの核となる考えでもあったわけですね。

佐々木 そうですね。逆に言うと、簡単にわけが分かり過ぎると面白くない……。アニメや漫画、例えば、ガンダムの世界観でも、ビグザムとかハンブラビとか、インパクトは確かに感じるけど「どうしてこういう冒険心あふれるデザインしなければいけなかったんだろう?」と疑問を持たせる存在が登場してきますよね。それが作品のエッジを立たせているところがあると思います。「どうしてこうなった」という疑問は、人の好奇心に結び付くと思うんです。

 僕も子供の頃によく分からないけど、変なことを真面目にビジネスにやっているという大人に影響を受けてきました。自分の世代でいえば、サブカルチャーやアニメ、特撮、匿名性の高いテクノミュージック、オールドスクールヒップホップ等がひしめき合っていて、「よく分からないけどあいつらマジだ」と感じた作品やムーブメントが多かった。

 合理的な今のビジネスでも、そういう遊びが増えて欲しいと思いますね。クリエイター用のツールを売っている身としては、そんな実感があります。


── お話を聞いていると、ビジネスというよりは、クリエイターがやりたいから作ったという印象も受けてしまいますが……。

佐々木 クリエイターとは思っていなくて、テクノロジーを楽しげにパッケージすることが最優先で、そのための企業努力ならしょうがないという考えです(笑)。

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