「メロス」だけじゃない!
太宰の本当の良さがわかるラインナップ
「読みやすいのはわかったけど、『走れメロス』なら学校の教科書で読んだからいいよ」
という方は、しばしお待ちを。
「メロス」はもちろん素晴らしいけれど、太宰作品は「メロス」以外の短編にも名作が多く、本書のラインナップは、太宰の、洞察の鋭さや意外な(?)ユーモア、独特の物の見方や人間臭さ、数多い名文などのエッセンスがつまった、本当の良さがわかる短編ばかりを集めてある。
本書を手に取った方に、文豪のおかたい文学を、難しい顔をして読んでいただくのではなく、太宰を身近に感じてもらって、笑ったり、感動したりして読んでいただければと願ってセレクションした。
さらに、純粋に物語を楽しんでいただきたいため、ドラマ性重視の作品も多く掲載されている。
もくじ
走れメロス/畜犬談(ちくけんだん)/葉桜と魔笛(まてき)
黄金風景/駈込み訴え/眉山(びざん)/燈籠(とうろう)
善蔵を思う/桜桃/トカトントン/心の王者
(解説・齋藤孝)
このラインナップは、「声に出して読みたい日本語」の著者・齋藤孝氏も解説文で推薦し、「太宰治検定」実行委員長の津島克正氏もブログで評価してくださった。
すべての作品について紹介したいのはやまやまだが、紙面の都合上、「畜犬談」「駈込み訴え」の2作を紹介していこう。
ホントは犬好き? 疑惑にニヤリ
コミカルな犬エッセイ「畜犬談」
私は、犬については自信がある。
いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。(「畜犬談」より)
という書き出しではじまる「畜犬談」という作品。
犬嫌いな太宰が、噛みつかれるのを怖れて愛想よくしていたら、ある子犬になつかれてしまい、その子犬をイヤイヤ飼うことになってしまうというストーリー。
家に居付いてしまった子犬が怖いので、追い出すこともできず、太宰は一生懸命世話をする。
太宰は、
小犬は、たちまち私の内心畏怖(いふ)の情を見抜き、それにつけこみ、ずうずうしくもそれから、ずるずる私の家に住みこんでしまった。(「畜犬談」より)
などと説明するが、ポチと名付けられた、その子犬がなんとも可愛らしい。
大めし食(くら)って、食後の運動のつもりであろうか、下駄(げた)をおもちゃにして無残に噛み破り、庭に干してある洗濯物を要らぬ世話して引きずりおろし、泥まみれにする。(「畜犬談」より)
いっそ他人のふりをしようと早足に歩いてみても、ポチは私の傍(そば)を離れず、私の顔を振り仰(あお)ぎ振り仰ぎ、あとになり、さきになり、からみつくようにしてついてくるのだから、どうしたって二人は他人のようには見えまい。
気心の合った主従としか見えまい。(「畜犬談」より)
犬の可愛らしさのポイントを、これでもかとついてくる描写だ。ポチの「顔を振り仰ぎ振り仰ぎ、あとになり、さきになり、からみつくようにしてついてくる」様子が目に浮かぶ。ホントは犬好きだろうと疑いたくなる文である。むしろ好きじゃないと書けない観察眼の鋭さだ。
「畜犬談」は、このようにコミカルな作品であり、さらにラストには感動的な結末も用意されている。
太宰作品を暗いからと敬遠している方にこそ、読んでいただきたい一作だ。
(次ページへ続く)