「日本経済新聞 電子版」のリンクポリシーで「リンクをお断りする」場合が列挙され、その中に「個別記事へのリンク」があり、「以上の項目に違反した場合は、損害賠償を請求することがあります」と記載されていることが話題になっている。日本経済新聞社に限らず、他のマスコミ、企業一般の中にも、無断リンクを禁止する旨の「リンクポリシー」があり、20世紀の頃から、Webや技術に詳しいユーザーにとっては格好の話題だ。
アスキー・メディアワークスのリンクポリシーには、「本サイトのトップページ、ならびに本サイト内の各コンテンツへのリンクは、ご自由にご利用ください。弊社の許諾等は必要ありません。」とあり、「あえてはっきり言いたい。馬鹿じゃないの?」とか「完全に時代遅れ」と言われる心配はなさそうだ。とはいえ、「すべての新聞社はリンク自由のリンクポリシーを策定すべし」とも思わない。
今回のコラムはその理由を書こう。日経新聞ではないが、私も大手と言われる新聞社で働いていたことがあり、かつての同僚が何人もその新聞社のWeb部門に在籍している。また、家族や親類には全国紙の記者や通信社の幹部がいて、「なぜマスコミは無断リンクを禁止するのか」について、「非公式で個人的な見解」を聞いたことがある。まず、各社のリンクポリシーを確認しよう。
読売新聞社(YOMIURI ONLINE)
- ヨミウリ・オンラインへのリンクは、原則として自由です
- リンクはヨミウリ・オンラインのトップページhttp://www.yomiuri.co.jp/ および個別サイト(DAILY YOMIURI ONLINE、大手小町、yomiDr.<ヨミドクター>など)のトップページにお願いしております。
「リンクポリシー」より
朝日新聞社(asahi.com)
- 一定の条件を満たしている限り、原則として自由です
- asahi.comにリンクを張った際は、そのホームページの内容とアドレス及びリンクの趣旨、お名前、ご連絡先、下記の注意事項を了解した上でリンクした旨などを記載し、お問い合わせフォームからお知らせください。
「リンクについて」より
毎日新聞社(毎日jp)
- 条件を満たしている場合に自由にリンクを張ることが可能です
- 引用記事の見出しに修正や削除が生じた場合は、利用者側が責任を持って更新作業をおこなうものとする
「毎日jpの歩き方」より
日本経済新聞社(日本経済新聞 電子版)
- フロントページや専門サイトのトップページへのリンクは原則として自由です
- リンクの仕方やページの内容によっては、お断りする場合があります。
「リンクポリシー」より
こうして見ると、すべての無断リンクが禁止されているわけではない。ただ、自由の範囲がかなり狭く、もっとも大らかに見える毎日新聞社でも、「引用記事の見出しに修正や削除が生じた場合は、利用者側が責任を持って更新作業をおこなうものとする」という規定は個人のブログでは現実的でないだろう。では、新聞社はどうしてリンクの自由を大幅に制限しているのだろうか。
理由1:クレームに対応したくないから
たとえば悪辣な詐欺サイトが、カモを信じさせるために新聞社のロゴをWebサイトに貼り付けてリンクを張り、「当社は信頼と実績の○○新聞グループの一員です」と謳ったとしよう。こういうとき、当該企業には法務的対応をとればよいが、Webサイト担当者としては、被害者から新聞社にクレームが入って出世に響くのは困る。
各社のリンクポリシーが原則自由を掲げながら、条件を列挙して自由の範囲を大幅に制限しているのは、「リンクについては厳しい制約を設けて、本社の責任がないように配慮してあります」と上司に報告するためだ。
理由2:見出しに著作権が認められなかったから
2005年に知財高裁が下した判決で、新聞記事の見出しに著作権が認められなかったことがある。正確には、見出しに著作権があるかどうかはその都度判断されるが、高裁が吟味した365件の見出しは著作物と認められなかった。当時、雑誌を編集していた私にはかなりショッキングな判決で、「俺が一生懸命考えた見出しが著作物じゃないなんて」と憤慨した覚えがある。
法律が守ってくれないなら、契約で守るしかない。各社のリンクポリシーが「サイトトップへのリンクなら自由にどうぞ」と読めるのは、個別の見出しが無断で使われたとき、サイトポリシーやリンクポリシーを根拠に、「やめてくれ」と主張するためだ。
理由3:個別の記事は更新、削除されることがあるから
新聞記事は、事件の容疑者をほとんど犯人扱いして記述する。どうしてそうするのか習ったことはないが、たぶん「推定無罪で犯人とはまだいえない人が、今回の事件の容疑者として警察に事情を聞かれています」と書くよりも、「悪い奴が警察に捕まったが、一方で安全であるべき社会が乱されたのは問題だ」と書く方が読み物として面白いからだろう。
ところが、日本の事件では不起訴処分や起訴猶予処分になることがままある。政治家ならまだしも、一般人を犯人扱いして実名を報道し、不起訴になって社会生活を始めようとした「元容疑者」から記事の差し止めや名誉毀損による損害賠償を請求されたらたまらない。「本社は禁止しているのですが、勝手にリンクする人が多くて弊社も迷惑しているんですよ」と主張するには、その根拠を示さなければならない。
記事へのリンクを認めると、見出しや引用された記事本文までどこかのWebサイトに残ってしまい、「元容疑者」から訂正を求められるかもしれない。それでは困るので「原則自由」だけど、リンクには申請が必要と言ってみたり、元の記事が更新、削除されたら引用先でも更新しろ、と言ってみたりする。新聞社の記事ページは、事件・事故を扱う社会部関係の事情から公開期間がかなり短めに設定されているわけだ。
こうして見ると、新聞社のリンクポリシーは、担当者が馬鹿で時代遅れだから、無断リンクを禁止しているわけではない。コンプライアンス的配慮からリンクポリシーを策定して公開し、事業化できるかわからないのに時代に乗り遅れないようにWebでニュースを配信している、というのが新聞社側の言い分だろう。
ただ、リンクポリシーを策定する動機がどこかサラリーマン的で責任回避の姿勢が見え隠れするから、一部のユーザーに嗤われる。「原則自由だけど、引用先のことまでは責任が持てないよ」ということを大人の言葉で書けば十分のはずだが、新聞社のような明治生まれの業界に「リンクは自由で当たり前」の文化を持ち込むのは難しい。「馬鹿」と罵るのは簡単だが、「せめてトップページだけは自由に」と社内で根回ししている人たちの存在を思い出してみた。