このページの本文へ

前へ 1 2 3 次へ

ノキア日本撤退を振り返る

2010年03月25日 09時00分更新

文● Ling-mu、山根康宏、写真●霜田憲一、山根康宏、編集協力●ACCN

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

日本に開発部門があった意味

 YRPに開発拠点があった時代というのは、日本は携帯電話の先進地域で、研究者同士の交流やトレンドを追いかける上でも最適の国であった。

 ところが、FOMAは世界共通規格のW-CDMAを採用しているものの、当時は実質的に日本でしか使えないサービスであって、将来的に規格がアップデートされることも決まっていた。ソフトバンクもボーダフォン時代に発売した初期の3G端末が、ネットワークのアップデートにより使えなくなることをアナウンスしている(関連サイト)。

 ノキアとしては、世界市場を相手に端末販売を手がけ、共通モデルを世界展開するという方針が明確であったため、FOMAが開始される際に独自の技術が必要とされる日本からは、撤退するしかなったのだろう。日本向けにPDC端末を開発していたチームは無くなってしまったが、世界向けGSM端末の開発は引き続きノキア・ジャパンでも行なわれていた。GSM方式が利用できない地域でGSM端末を開発するというのは、少々おかしな話だが、それほど端末開発拠点として維持する価値を見いだされていたのだ。

日本の開発チームが大きく貢献したとされるNokia N97

 ノキア・ジャパンには研究部門であるノキア・リサーチ・センターや、デザイン部門なども置かれていた。これは、日本が携帯電話に関連する要素技術開発拠点としてメリットがあったことと、携帯電話の利用実態に関しても、日本から学ぶところが多かったということだ。“新機能の追加=端末の進化”であった時代は、日本の携帯電話は世界の最先端を突っ走っていた。ノキアとしても調査対象としての意味があっただろうし、そのような先端の環境を知っている従業員が端末の開発に従事しているということに、大きなメリットを感じていたのかもしれない。ところが、ハードウェアの新機能追加のペースが鈍り、ソフトウェアやサービスが重要だというパラダイムシフトが起き始め、状況は激変した。


そして日本は……

 日本では携帯電話向けの専用サービス(iモードなど)でビジネスをするというのが主流だった。一方、世界ではパソコン向けのサービスが携帯電話(スマートフォン)に対応するというのが主流となっている。“ガラパゴス”という表現が示すように、日本の携帯電話を参考にしようと思っても、日本市場に最適化され過ぎていて、参考にならない状況になっていったのだ。

 ノキアは端末の納入先でもあるオペレーターに気遣ってか、自前のサービスをあまりアピールしなかったが、アップルやグーグルへの対抗となるサービスを、ハイエンド端末中心に実装し始めていた。たとえば『Nokia N95』や『Nokia N82』は、発売当初はiPhone以上にいろいろできる端末とマニアからは評価されていた。

 2008年末の日本からの販売撤退以降、ノキア・ジャパンの開発部門にいた人々は、常に危機感をもって仕事をしてきたと聞く。中国の開発拠点としての役割は次第に増幅していった。フィンランド本社から見てみれば、中国の隣りに(いくら優秀とはいえ)独立した開発拠点を維持する意味がどれだけあるか。疑問だったに違いない。

 日本は確かに携帯電話先進国だ。しかし、世界企業であるノキアから見れば“変わった市場をもつ国”で、参考とする価値はもはやないと判断した、というのが真相ではないか。


山根康宏が斬る、日本市場とノキア

山根康宏

 ここ1年、海外通販を利用する日本人の数は増えているように思う。急速に進んだ円高の影響で、日本円と海外通貨のバランスは日本有利となっているからだ。だが、これとは裏腹に海外企業が日本で活動する場合“高い円”を用意しなくてはならない。ノキアにとっても母国フィンランドの景気悪化に加え、円高の進行は日本に拠点を置く必要性を再考せざるを得ない状況に陥ってしまった。

 ノキア・ジャパンの研究開発部門は、確かに“名機”と呼ばれる数々の製品を産み出してきた。しかし、携帯電話の進化はハードウェアからソフトウェアに、そして携帯電話の閉じた世界からインターネットのオープンな世界へと移行が加速している。“通信事業者専用ハードウェア&専用サービス”という日本のビジネス環境は、今後、世界のトレンドとは別の道を進むことになるだろう。携帯電話業界における日本のプレゼンスが低下しつつある状況では、ノキアも研究開発部門を日本へ置いておく意味合いが薄れてしまったのだ。

 なお、日本人の研究スキルは高く、ノキアの日本以外の研究開発拠点で働く日本人も多い。日本の研究開発部門の撤退は、“日本”という地域に拠点を置く必要性と、コストの高さ、そして将来性から判断したものであって、日本そのものを否定しているわけではない。日本の携帯電話業界が世界をけん引するような技術やサービスを今後も開発し続けていけば、再びノキアが日本に戻ってくる可能性は高いだろう。また、世界のトップメーカーから日本が学べることも多いはず。日本市場の動きは、引き続き海外からも注目されている。

前へ 1 2 3 次へ

カテゴリートップへ

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ