官僚への信仰を捨て
自己責任で決める制度設計を
民主党政権のIT政策で最大の焦点になっているのは、周波数オークションだ。これについての反対論の一つに「入札価格だけで業者を決めると、不良業者が金で落札する」というものがある。
これは逆にいうと、官僚が美人投票で決めれば「正しい業者」を選ぶことができるということを前提しているのだろうが、ウィルコムの例はこの前提が成り立たないことを示している。2GHz帯の免許を割り当てられたアイピーモバイルも2007年に破産し、免許を返上した。
通信キャリアがどれぐらいもうかるかは、キャリア自身が一番よく知っているが、美人投票で収益の見通しをきかれたら、彼らは数字を「お化粧」して答えるだろう。こういう情報の非対称性がある場合には、官僚がいくら賢明でも最適の業者を選ぶことはむずかしい。他方、周波数オークションでは、もうけを過大に見積もって高い価格で落札したら損失を出してしまうから、収益を正直に申告するインセンティブがある。
もちろん業者も、見通しを誤ることがある。2000年に行なわれた欧州の周波数オークションはITバブルの最中に実施されたため、免許が過大な価格で落札され、多くの業者が経営難に陥った。しかしこれは自己責任である。国有地を売却するとき、高値で落札したら業者がかわいそうだから無料にしようという人はいないだろう。
問題は間違えることではない。変化の激しいIT業界で、経営判断を誤るのは当たり前だ。重要なのは間違えたときに責任の所在をはっきりさせてやり直すことだ。官僚は間違えても倒産のような形で責任を問われないから、収益性を真剣に考えないで政治的配慮によって業者を選ぶことが多く、いつまでも失敗を認めず問題を先送りする。
オークションの場合は、まちがえたら業者が免許を売買できる第二市場をつくればよい。それは企業買収という形で現実にできており、たとえばソフトバンクはボーダフォンを買収することによって免許を買った。「電波が投機の対象になる」という批判もあるが、これは制度設計で防止できる。少なくとも電波が利用されないまま放置されるよりましだろう。
「官僚主導の政治」を是正する上で大事なのは、官僚が市場より賢明だという信仰を捨て、民間企業が自己責任で判断するしくみに変えることだ。この意味で、民主党政権が周波数オークションを採用するかどうかは、彼らが本当に政治を「官から民へ」転換できるかどうかの試金石である。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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