9月11日、H-IIBロケットが国際宇宙ステーション補給機を搭載して打ち上げられる。H-IIBは日本が開発中の次世代ロケットで、今まで衛星打ち上げに使用されていたH-IIAロケットの後継機だ。糸川英夫のペンシルロケットから日本の宇宙開発が始まったことを思い起こせば、エンピツの濃度のごときネーミングにニヤっとする人もいるだろう。
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はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)吉田 武(著)幻冬舎
ロケット好きとしては、ぜひ現地に行きナマで打ち上げを見てみたい。打ち上げを見た人に話を聞いたことがあるが、間近で見ると人生観が変わりますよ、と言っていた。ああ、俺も人生観変えてみたい、と聞けば聞くほど見に行きたくなるのが人情だ。 しかし、打ち上げ見物は大変難しい。発射場が種子島やケープカナベラルなど気軽に行けない場所にあることや、打ち上げ日時が延期されることが多く、勤め人が休暇で見学するにはスケジュールが組みにくい。
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以前、ロケット打ち上げの取材で種子島行きが浮上したが、結局スケジュールが合わず断念した経緯がある。案の定、当初の予定日には打ち上げられず、数日ずつ延期され、結局1週間以上発射が遅れた。打ち上げまで張り付いていた記者やカメラマンは宿代もかさみ大変だったと聞く。やはり打ち上げを見るのは難しい。 そんなこんなでナマのロケット打ち上げは見られないため、打ち上げシーンがあるアニメを代償行為で見てしまう。例えば9月25日にブルーレイで発売されるアニメ「プラネテス」も代表的な作品だ。
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プラネテス (1) (モーニングKC (735))幸村 誠(著)講談社
「プラネテス」は、幸村誠原作のコミック版をアニメ化した作品。舞台は2070年代の地球近傍の宇宙空間。人類の生活圏は月にまで広がり、多数の宇宙船が行き交う。生活圏が宇宙まで広がったが故に、宇宙のゴミ、スペースデブリが大きな問題となる。わずか数センチのネジも秒速数キロで衝突すれば宇宙船は破壊される。危険なスペースデブリを除去する「デブリ屋」として宇宙で働く主人公“ハチ”こと星野八郎太や姉御肌のデブリ回収船の船長フィー、後輩の「愛がない!」を連呼するタナベなどの職場の仲間の活躍を描く。
アニメ版はここまでコミック版と共通であるが、オリジナルキャラクターの登場と演出の違いが大変おもしろい。 キャラクターは、前述のコミック版と共通のキャラクターに加え、アニメ版オリジナルのハチを指導した「先生」ことギガルトや紛争に苦しむ途上国出身でハチなど先進諸国出身者に深い鬱屈を抱えるクレアなどが登場する。前半エリートとして描かれていたクレアが、テロリストの宇宙防衛戦線に共鳴し、木星往還船攻撃(第23話「デブリの群れ」)に加わる転落の過程は見る者に哀れさを感じさせる。
アニメ版放映当時、コミック版に存在しないキャラクターの存在に否定的な意見をネットで見たが、彼らこそプラネテスの世界をより深みのあるものにしていると感じる。
プラネテスはサラリーマンアニメだ
それでは演出はどうだろう。コミック版がハチを中心とした人間ドラマが淡々と描かれるのに対し、アニメ版は、ハチは当初からサラリーマンという扱いで登場し、フィーやタナベなどの仲間共々企業や国家の論理で翻弄され、もがく姿が描かれる。劇中に登場する稀代のマッドサイエンティスト、ウェルナー・ロックスミスの描き方もコミック版とアニメ版は全く違う。彼は大事故の責任を取らされそうになるが、コミック版は彼個人の強烈なパーソナリティで、事故責任をうやむやにしているよう描かれる。アニメ版は彼自身のパーソナリティも強いが、彼を守ろうとする国家と企業の論理で、事故は「テロ組織が引き起こした事件だ」とされる(第21話「タンデム・ミラー」)。個人的にはロックスミスくらいのマッドサイエンティストたるもの、強烈なパーソナリティでどんな難局も自力で押し切って欲しい。が、アニメ版の「有為な人材は組織の論理で守られる」演出こそリアリティが高いと感じる。サラリーマンの処世術に通じるものがあるのではないか。
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架空世界の悪党図鑑光クラブ(著)講談社
プラネテスのコミック版とアニメ版は、SF作品として共に高い完成度を持つ。加えてアニメ版は前述のようにキャラクターの厚みや演出で、普通のドラマ好きの人も楽しめる。なお、「プラネテス」は優れたSF作品に与えられる星雲賞メディア部門を2005年に受賞。原作コミック版も2002年に受賞し、ダブル受賞を成し遂げた。
ちなみに劇中で宇宙と地上の人間や物資の往還は宇宙機(スペースプレーン)がメインで、ロケットの登場はわずかだ。が、第13話「ロケットのある風景」で描かれたようにハチの人生の岐路やユーリの人生観を変えるきっかけとしてロケット打ち上げが効果的に使われている。地味な話だが、料理の隠し味のように以降のストーリー展開に影響する重要なシーンだ。私には作者や製作スタッフのロケットへの愛が感じられる。
人生観を変える機会が来るか?
冒頭のH-IIBロケット打ち上げ、金も休みもなく、種子島の発射場に行けず、今回も見る機会はないと思っていた。ところが先日知人から、東京からも打ち上げが見える可能性があるという情報を聞いた。予定通りなら今回の打ち上げは9月11日2時4分で、夜間であればロケットエンジンの燃焼の光は遠方からも見える。知人の話では東京から観察する場合、真南の方向、観測できるロケットの最高高度が15度くらいで、観測条件はまったく良くない。これほど低高度になると、視界の広い双眼鏡の助けが必要。下記のリンクの高い双眼鏡なら見えるかも知れない(価格なんと55万円だ)。ロケット打ち上げの軌跡は、ほうおう座からちょうこくしつ座周辺に出現するようだ。事前に精度の高いコンパス(下記のリンクは軍用で1.5万円)と星座早見盤(同じく教材用で9450円)で出現する方向を確認しておく。
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本当に東京から打ち上げが見えるのかJAXAに確認してみたが、広報担当者は「残念ながらJAXAは、H-IIBロケット打ち上げがどこからどう見えるかについて情報を持っていない」とのこと。残念ながら裏は取れなかった。
当日は「本当に打ち上げが見えたらラッキー」くらいの気持ちで見ようと考えている。そして見えたら人生観がちょっとでも変わることを期待しつつ(笑)。
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人生が変わる瞬間佐藤 英郎(著)アチーブメント出版