するとなんだ、初音ミクは楽器じゃないわけだ
それでがっかりしてしまうのが、ニコニコ動画にアップロードされた酒井法子の「碧いうさぎ」替え歌削除の件だ。削除されたのは初音ミクを使った「白いクスリ」という曲で、それを要請したのは初音ミクの開発元であるクリプトン・フューチャー・メディア。その理由は「営業上の利益および信用が侵害される」ということらしい。
もちろんクリプトンのボーカロイド製品を使っているユーザーなら皆が知っている。このソフトウェアには「エンドユーザー使用許諾契約」があって、禁止事項として「公序良俗に反する歌詞」や「第三者の人格権侵害」が明記されている。
問題は誰が「公序良俗」「人格権侵害」を判断するかで、それは今回の件でも明らかなようにメーカーの一存で決められる。ただクリプトンもそう滅多やたらに規制しているわけではなく、今回の件の前に一度だけ性的な表現について削除要請を出したことがあるだけだ。
たとえば「弊社ソフトでいやらしい絵を描いた」といって、アドビがユーザーの画像を削除したり、「誹謗中傷のビラにうちのフォントを使った」からとモリサワが文書を回収、なんてことは有り得ない。だが、こんな条件をユーザーが納得して使っているのは、ボーカロイドなりの特殊な事情が理解されているからだろう。
まず素材となった音声を提供しているタレントがいること。その製品にキャラクターを付加することで価値を生んでいること。そうやって形成してきたイメージはメーカーの資産であること。それらを損なう使われ方は「営業上の利益」に関わるので避けたい。そこでユーザーの利用範囲を限定しているわけだ。
ゆえに初音ミクで作られた曲は、あらかじめ自主規制がかかっているようなものだ。演奏内容についてメーカーから検閲を受ける可能性のある楽器は、自由な表現のツールとは言えない。そういう意味で、初音ミクは楽器ではないし、少なくとも言葉を扱う言論装置としては不完全だ。
ここまでボーカロイドは無名のクリエイターを世に出すインキュベーターとして機能してきたし、そのおかげで個人的にも何人もの才能とめぐり会えた。今後もその役割を期待したいと思っているし、技術的な伸びしろはまだまだあると思う。
ただ今回の件で、ボーカロイドが普遍的な楽器として成長していくことの難しさも分った気がする。ユーザーにどう使われても耐える強度と寛容さが必要だ。Les Paulと、Les Paul Modelみたいに。
四本 淑三(よつもと としみ)
フリーライター。武蔵野美術大学デザイン情報学科講師。高校時代に音楽雑誌へ投稿を始めたのを契機に各種のコンテンツ制作や執筆作業に関わる。去年は動画サイトに上げたKORG DS-10の動画がきっかけで、KORG DS-10の公式イベント「KORG DS-10 EXPO 2008 in TOKYO」に参加。その模様はライブ盤として近日リリース予定。
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