前回(関連記事)に引き続き、今回は映画やDVD/BDソフトで見かける「ダブルD」マークで知られるドルビー社のサラウンド技術を紹介する。
今やドルビーと言えばサラウンド方式で知られるが、年配のオーディオ愛好家の方なら「ドルビーB/C」などの録音技術のことを覚えている人も多いだろう。これは録音/再生時にノイズを低減し、音楽信号のダイナミックレンジを広げる技術。
もともとはレコード録音用として生まれた技術だが、セリフや効果音、BGMといろいろな音源を重ねて録音(ダビング)する映画はダビングによるノイズの増大が常に悩みの種であり、ドルビーが映画のサウンドトラック制作に採用されたのは当然とも言える。ちなみに初めてドルビーAを採用して音源制作が行なわれた映画は、スタンリー・キューブリック監督の「時計仕掛けのオレンジ」(1971年)だ。
この後、ドルビーの録音方式は「ドルビーステレオ」や「ドルビーSR」としてサラウンド化され、進化していくことになる。このあたりの歴史は前回説明した通りだ。
ドルビー社のポリシーは「高忠実度」と「互換性」の融合
ドルビー社は、さまざまな音響、映像技術の研究・開発に加え、制作のためのハードウェアの製造・販売、製作用アプリケーションのサポートやサービス、そして、サラウンド方式などの技術ライセンス業務で成り立っている。映画で言えば、制作から上映、ソフトウェア化、再生のためのハードウェアのすべてに関わっているのだ。
映画のほとんどの領域に関わるのだから、「高忠実度」をないがしろにしているわけではない。だが、現実には「ドルビーデジタル」よりも「dts」の方が、情報量も高く高音質と言われがちだ。
それは「互換性」を維持するというもう一つのポリシーがあるため。例えば、「ドルビーサラウンド」の登場は1975年だが、実は1953年に初のサラウンド音声(3-1方式)を収録した映画「聖衣」が制作されている。これは、カセットテープのような磁気記録で音声を記録する方式のものだが、その後も同じ方式で作品が制作され続けることはなかった。
この理由は、特別な方式のため映写機も特別なものが必要だったこと。映画館経営者にとっても新方式だからといってすぐに高価な映写機を購入することは難しい。また、磁気記録は再生するたびに音が劣化する弱点があり、何度も上映を行なう映画には向いていなかった。
一方ドルビー社は、従来と同じ光学記録で、しかも従来の映写機を使えば普通のステレオ音声として再生できる「アナログマトリックス記録」を使ったドルビーサラウンドを採用した。
これで、映写機を交換しなくても上映が可能で、映写機を対応させればサラウンド上映も可能な互換性を実現している。また、これは映画会社にとってもメリットがあり、対応する映画会社とそうでない会社にそれぞれ別の音声を記録したフィルムを配給するのはコスト負担が大きいが、ドルビーサラウンドなら同じフィルムで対応できるのだ。
こうした互換性の確保は、映画の音がデジタル音声となってからも続く。現在の映画フィルムを見ると、アナログ用の2ch音声(ドルビーサラウンド)とは別の場所(フィルムの両端にあるフィルム送りのための穴)の部分にデジタル音声(ドルビーデジタル)が収録されている。
また、ドルビーデジタルはdtsに比べて情報量が低く抑えられていることはすでに指摘したが、これも映画だけでなく放送への採用、つまりサラウンド音声の普及を目的として開発されたものだという。これは、現在デジタル放送の音声記録やポータブルプレーヤー用の圧縮方式として広く採用されるMPEG-2 AACの開発にドルビー社も関わっており、ドルビーの持つ特許技術も使われていることからもわかる。