政井寛が斬る「鉄道と車の社会」― 企業システムの現状 ―
2000年頃から競うように構築・導入されきたオープン系技術を基盤にしたシステムが、いま曲がり角に立たされている。安価なうえ手軽さもうけて、不用意にそして無秩序に導入が進んだ結果、企業のインフラ領域の維持管理面で破たんをきたそうとしている。もちろん現場ではこのまま問題・課題を見過ごしている訳ではない。必死で運用プロセスの改善や運用ツールの導入を急いで、人為的なトラブルを少なくする試みがなされている。
最近騒がれている仮想化技術もそのひとつである。しかしシステム規模が大きくなるほど複雑度は幾何級数的に増し、インフラの維持、運用は特殊なスペシャリストでないと委ねることができないと危惧されている。クラウド・コンピューティングは、水道の水を利用するかの如くコンピュータを活用するというキャッチフレーズに嘘はないが、その裏には、コンピュータハードの性能ばかりが膨れ上がり、モンスターと化したオープン環境基盤を、一部の超強力企業ユーザーを除いてコントロールできないという事情がある。
ここで企業のシステムを鉄道と車の社会になぞらえて説明をしてみよう。黎明の頃は、人の移動や物流は蒸気機関車による輸送に頼った。決して輸送能力は高くなかったが、当時としては正確な時間とたくさんの人や物を同時に移動させることができ人々から歓迎された。
もちろん技術の進歩で電化されたり、急ぐ人のために特急や寝台なども考案され、利便性を上げていった。誰もがこの方式がベストで、やがては国の隅々まで線路が敷き詰められてすべての人がその恩恵に浴するものと思われていた。そしてそのころは荷車から発達した車は身近な輸送手段になりつつあったが、性能と道路事情に難点があり、鉄道と比較するべくもなかった。
しかし技術の進歩はおそろしい。いつしか大量生産による大幅なコストダウンを実現し、急激に良くなった道路事情と相まって、車という乗り物は瞬く間に鉄道の客を奪っていった。車の難点は車の整備、燃料の補給や運転を自らの責任で行なう事だったが、安さと利便性の魅力には勝てなかった。人々の支持を得て車が増加し、沢山の人が車を利用することになった。そして「鉄道の役目は終わった」と評論家たちは声を大にして叫ぶ有様であった……。
しかし世の中は面白い。増えすぎた車はいたるところで交通渋滞をおこし、事故が多発する状況になってきた。路上に放置した車がコレステロールとなってさらに渋滞を起こす。稼働率は高くないのに、使いたいときに使えないと1人に1台をあてがう。大きな社会問題となってきたのである。
その一方で、大都市間を正確な時間と安全な運行で結ぶ鉄道の能力は捨てがたく、その存在感は一部の地域ではより大きくなっていた。従来の鉄道をさらに発展させ、特定の交通量の多い区間、正確で確実な移動を必要とする人たちのために新幹線を走らせて、車と併用することで共存の道を歩き始めたのである。
しかし鉄道にも頭の痛い問題が残っている。地方において車の利便性に勝てない路線が多数あり赤字化している。廃線という選択は利用客から激しい抵抗を受け、存続させる事は赤字の垂れ流しという「前門の虎、後門の狼」状態なのである。この問題の解決は、経済的な観点より政治的な決断が望まれる。
結論は見えてきた。一方が他方に凌駕されて消え去るのでなく、メインフレーム基盤もオープン環境基盤などとしばらくは生きながらえて共存関係になり、その後は今後に創出されるであろう新しいIT基盤の生みの親になるのである。これが現在のエンタープライズシステムの現状である。
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