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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第68回

バラマキ補正予算でよみがえる産業政策

2009年05月27日 12時00分更新

文● 池田信夫/経済学者

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資本主義のルールを守れ

 他方、アメリカではGM(ゼネラル・モーターズ)が最終的に破綻するかどうかに注目が集まっている。オバマ政権は支援の方針を示しているが、これに債権者が同意せず、6月1日のタイムリミットが迫っている。多くの人はGMばかり見ているが、むしろ重要なのは、これ以外の企業の救済は問題にもならないことだ。自動車産業でも、クライスラーは破産法を申請した。銀行には巨額の資本注入が行なわれたが、これにも議会の反対が強い。一般企業に資本注入する法律が成立するのは、欧州にも例をみない。

 個々にみると、救済すべき企業はあるかもしれない。「いま支えていただけば、1年後には立ち直ります」と経営者は訴えるだろう。問題は資金繰り(liquidity)だけで支払能力(solvency)には問題がないというのは、こういうときすべての企業が主張することだ。しかし理論的には、両者には違いはない。資金繰りがつかない状態が3年続いたら、それは支払能力がないということだ。金融市場は両者を区別しないで、金の返せない企業には貸さない。

 業績の悪化した企業が破綻するのは、資本主義のルールである。スポーツでも、競走で1位になるランナーが金メダルを取り、足の遅いランナーが予選落ちするのは当たり前だ。「このランナーは今日は調子が悪かったが、本当は1位になる実力がある」といって政府が彼を1位にしたら、競技は成り立たない。資本主義は結果がすべてだという機械的なルールによって、人々が結果を出すために努力するインセンティブを作り出してきたのである。

 さらに問題なのは、こうした公的支援が企業の役所への依存を強め、消費者ではなく役所のほうを向いて仕事するようになることだ。かつて金融機関に対して行なわれた数十兆円の資本注入は、長銀や日債銀の破綻を防ぐことはできず、多くの銀行が「準国営」になって経営の自由度を失った。その結果、日本の銀行は古い「金貸し」体質を脱却できず、いまだに貯蓄が有効に活用できない超低金利状態が続いている。

 90年代に大蔵省の護送船団行政が失敗したことは広く知られているが、80年代に通産省の産業政策(ターゲティング政策)が失敗したことは、それほど決定的な教訓とは思われていないようだ。しかし両者は同質の問題である。要するに、市場の知らないことを役所が知っていることはありえないのだ。これは社会主義の崩壊によって劇的に証明され、民間人にとっては自明だが、霞ヶ関ではまだ納得していない人が多いようなので、あえて強調しておきたい。

筆者紹介──池田信夫


1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。

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