江戸幕府より遅れている
著作権団体とメディア
Googleブック検索は、もともと大学の図書館に所蔵された本を多くの読者に公開しようという公共的な目的で始められたものだ。図書館で閲覧する目的で複製することは公正使用の範囲内なので、本来は著作権のある本でも問題はなかったはずだが、著作権者が訴訟を起こしてGoogleと和解し、著作権のある本については著者が拒否権をもつことになった。しかし世界中の著者に個別に許諾を求めることは不可能なので、一括して許諾を行ない、拒否する人だけがオプトアウト(離脱)するという形をとっている。
今回の和解は、デジタル情報が国境を超えて流通する時代のルール作りの一つのモデルである。今後、音楽や映像でもこうした包括許諾のしくみができれば、コンテンツの流通を阻んで消費者にも著者にもメリットのない現在の著作権制度を変えるきっかけになるかもしれない。もちろん和解である以上、すべての当事者にとって満足なものであるはずがない。そういう人は離脱すればいいだけの話だ。その権利は明記されており、谷川氏が嫌なら出版社にそう回答すれば、彼の本が無断でデータベース化される可能性はない。
Googleのサービスは世界全体で行なわれるものだが、ここまでの騒ぎが起こっているのは日本だけだ。ストリートビューのときも、日本のメディアが大騒ぎして海外メディアが取材に来た。この原因は、日本人がネット経由の情報流通に過敏になっている面もあるのかもしれないが、何も被害が出ていないのに針小棒大に取り上げるメディアの体質にもあるのではないか。彼らにとってGoogleの進めている情報の電子化は「黒船」だから、それに対する恐怖感をあおっているとしか思えない。
遅かれ早かれ、世界の情報はデジタル化されてゆくだろう。その膨大なコストをGoogleが負担するブック検索プロジェクトは、ビジネスとしての採算性は怪しいが読者にとっても著者にとってもメリットしかない。それを黒船だの文化の破壊だのと「攘夷」を叫ぶ著作権団体やメディアのセンスは、黒船を受け入れて開国した江戸幕府より遅れているといわざるをえない。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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