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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第64回

総合電機は「変われない日本」の縮図

2009年04月22日 12時00分更新

文● 池田信夫/経済学者

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日本にはもっと「資本の論理」が必要だ

 日立は、長期衰退期に入った日本の象徴だ。高い技術をもちながら、経営陣が古い成功体験にこだわり、現場では誰もがわかっている改革が実行できない。経営トップが引退するとき、次のトップを指名するので人事刷新ができない。今回の社長人事も、辞任する庄山悦彦会長(73才)が実質的に決めたと言われている。庄山氏は記者会見で「昔のチームに戻す」と表明した。

 日立が優位性を保っているのは重電部門なので、家電や半導体を切り離し、インフラ主体の「社会イノベーション」(川村社長)に重点を移すことは賢明な判断だ。しかし問題は、そういう「選択と集中」が本当にできるのかということだ。

 昨年の経営方針説明会で、古川社長(当時)は「選択と集中ではなく全部やる」と表明して、投資家をあきれさせた。古川氏は、900社以上あった連結子会社を700社に減らす方針を表明したが、彼の退任時点で子会社は880社もある。子会社には彼の先輩が天下っているので、切るに切れないのだ。

 問題は日立だけではない。原子炉から洗濯機まで生産する「総合電機メーカー」は日本独自の企業形態で、かつてアメリカ経済の衰退の元凶とされたコングロマリットと同じだ。昔は「日立」とか「東芝」というブランドに価値があったが、今ではそういうブランドのもとに雑多な製品群をぶら下げることによる「範囲の経済」はなく、「コングロマリット・ディスカウント」と呼ばれる不利益のほうがはるかに大きい。

 その結果は株式市場に表れている。21日現在の日立の時価総額(連結)は約1兆円と、グーグル(1230億ドル)の1割にも満たない。社員数は日立の39万人(連結)に対してグーグルは2万人だから、1人あたりの時価総額は1/240。グーグルの株式の1割で、日立グループがすべて買収できる計算だ。これが財界が「三角合併」(株式交換による企業買収)を恐れる最大の理由である。

 金融危機をみて「株主資本主義はだめだ」とか「日本的経営に戻れ」などという教訓を学ぶのは誤りだ。たしかにアメリカでは株主資本主義が行き過ぎたきらいがあるが、今の日本には株主価値を基準にして企業を解体・再編する「資本の論理」がもっと必要なのだ。企業が巨大な「村」になっている日本的経営では、その「村長」である経営者が村を切り売りする決断はできない。第三者が客観的に診断して「外科手術」を行なわないと、企業グループ全体が死に至るだろう。


筆者紹介──池田信夫


1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。

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