基調講演のフォーマット
スティーブ・ジョブズの基調講演には、しっかりとしたフォーマットがある。重要な発表に最大のインパクトを加えるためのタイミングを用意する一方で、頭の中を整理したり、発表の裏の深遠な考えを聞かせる時間もちゃんと用意している。
ここでは、主な要素を6つピックアップして、イタリア料理のフルコースになぞらえつつ、話の流れを追ってみた。この中にあなたの次のプレゼンへのヒントが隠されているかもしれない。なお、写真はすべて2006年1月の“MacWorld Expo”のものを使用している。
【Vino(ワイン)】corporate updates
基調講演は会社の近況報告からスタート。Apple Storeの収益やiTunes、Quick Timeのダウンロード数、iPodの出荷台数やマーケットシェアなど。
これらの数字は講演終了後には、大半の人が忘れてしまう。しかし、数字や右肩上がりのグラフには、まだエンジンがかかっていない聴衆でも「スゴイ」と思う強いインパクトがある。まずはこうした数字を連発して、聴衆を軽くいい気分で酔わせれば、その後の食欲も増進。ジョブズ自身もそれを受けて滑舌がよくなる。
2006年の基調講演も、Apple Storeの売り上げ、店舗数、来店者数などの話から切り出した |
【Stuzzichino(付き出し)】product updates
会社の近況に続き、製品ラインアップの近況も駆け足で紹介。メインの新製品発表に必要な予備知識の提供もあるが、最近新しくなった製品をテンポよく軽快に振り返るのが通例だ。単調にならないように、小粒な新製品の発表なども織り交ぜて盛り上がりを作っている。
実はここがいちばん時間調整しやすいので、その日のメインの発表に合わせて紹介する製品の数や紹介の深さを調整していると思われる。余裕があるときは、他社製品の紹介やゲストを招くこともある。
iPodの最新テレビCMや周辺機器、『Aperture』や『Dashboard』のウィジェットを紹介 |
【Antipasto(前菜)】demo
基調講演で最も時間を割く見せ場が、講演の中盤で行われる製品のデモだ。ほとんどの場合、iLifeか最新OSの主要機能の紹介に使われる。
もっとも、すべてを紹介せずに、講演ごとに56種類のアプリケーション(または機能)をピックアップして、ひとつずつ区切りよく紹介。それも単調な機能説明に終始せず、数分おきに聴衆の歓声を誘う小さな見せ場を作っていて飽きさせない。ジョブズの講演の前菜は彩り豊かなのだ。
今年の基調講演中盤の見せ場となった『iLife '06』『iWork '06』の紹介風景 |
【Primo piatto(メイン前の料理)】sub-announce ment
基調講演は「One more thing...」の前でいったん完結。つまり、完結前に紹介する新製品も、それなりに聴衆を満足させるものでなければならない。
メインディッシュとかち合わず、むしろ食欲増進の役割を果たすこの要素選びは、実は講演の中でもいちばん神経を使うところ。それだけに、決して外すことのないMac新製品の紹介になることが多い。
美味しいが、目立ちすぎないという立ち位置は、イタリアのコース料理でいう“Primo piatto”――パスタやリゾットのような存在だろう。
『MacBook Pro』発表前に、会場を盛り上げたのがインテルCEOの登場とインテルiMacだった |
【Secondo piatto(メインディッシュ)】one more thing
基調講演のメインディッシュは、終了約20分前の「One more thing...」のスライドから始まる。ここにどんな品を用意できるかで講演全体のトーンが決まる。
まず市場にどんなニーズがあるかなどに触れ、もったいぶった感じでスタート。聴衆の受け入れ準備が整ったと見るや、勢いよくサッとスライドを出し、あっさりと紹介を終わらせる。必要以上の満腹感を与えず、少し空腹感を残すくらいのほうが、より強い印象を残せるということなのかもしれない。
2006年初頭の「One more thing...」は、もちろん待望のインテルCPU搭載ノートであるMacBook Pro |
【Dolce(デザート)】closing
最後は基調講演のポイントをおさらいし、余韻を楽しんでもらいつつ、謝辞などの甘い言葉でリフレッシュ。
最近のジョブズは、大発表のために尽力した社員へのねぎらいの言葉を忘れない。そして「(アップルには)アートとテクノロジーの交差点に立つ企業であってほしい」(1999年10月)と理想を述べるなど、アップル社の精神や歴史に触れることもある。
新iPod発表のような音楽系イベントでは、アーティストのパフォーマンスで締めるのが定番になってきた。
今年の基調講演のラストは2人の創設者の写真をバックに、創設30年について触れた |
*写真/林 幸一郎